こぼれネット

(ウラは取っていないのですが)、『学生の頃に、生徒会長やら、テニス部の部長やら、陽のサイドにいた人間は、将来出世しない』という仮説があるようです。

陽気で多弁、トレンドの話題に精通し、場の空気を読んだ話題を提供でき、誰とも気さくに話せる ―― 陽のキャラクタ『陽キャ』。

Cheerful, multi-syllabic, well versed in trending topics, able to talk about the issues of the moment, and friendly with everyone -- "Extrovert" character.

世間を見てみると、「陽キャ」だけが、世の中を幸せに生きる、というようなコンテンツが多いです。

If you look at the world, you will see a lot of content that says only "Extroverts" live happily.

私もティーンエイジャのころ、「根暗(ネクラ)」と言われたくない一心で、『陽キャのペルソナ』を作るのに一生懸命だったように思います。

When I was a teenager, I think I worked very hard to create an "Extrovert persona" with the sole intention of not being called "dark-rooted."

外面はどうあれ、私の内実は、「負け組」「陰キャ」「根暗(ネクラ)」で、そんな私にとって、学校は『地獄そのもの』だったのです。

しかし、「陽キャ」が通じるのは、社会人になるまでのことです。

However, "Extrovert" can only be helpful until one enters the workforce.

もちろん、「陽キャ」は、その後の人生においてもメリットになることは多いです(恋愛とか結婚とか友人とか)。

Of course, "Extrovert" is often an advantage in later life (love, marriage, friends, etc.).

しかし、社会は「陽キャ」だけで乗り切れるほど、甘いものではありません。

However, society is not so lenient that one can get through it with only an "Extrovert.

社会では、どんなに「陽キャ」であったとしても、アウトプット(成果)を出せない者に対して、恐しく厳しく、そして冷たいです。

In society, no matter how "Extrovert" you are, people who fail to produce output (results) are harsh and cold.

最近は、私は「陽キャでない」方が、メリットが大きいのではないか、と思うことがあります。

Lately, I have sometimes wondered if I would benefit more from being "less Extrovert."

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私は、長い間サラリーマンをやってきたのですが、その中で、誰が怖いかというと「有能」で「無口で無愛想な上司」です。

I have been a businessman for a long time and who I fear is the "competent" and "silent and unsympathetic boss".

私が、色々な話題を組み込んで、一生懸命説明して、私なりのリズムで説明しても、そのノリで返してくれず、会話の途中で黙り込む上司は、本当に怖いです。

I am terrified of a boss who doesn't get back in the groove and shuts down in the middle of a conversation, even when I do my best to incorporate a variety of topics and explain them in my rhythm.

私が言わないで誤魔化したいと思っていることを、全て見抜かれているような、そんな恐怖があります。

I fear they can see everything I am trying to deceive myself into not saying.

そして、大抵の場合、そのような上司の多くは『それを見抜きます』。

And, by and large, many such bosses 'see through it.

「陽キャのノリ」にノラない上司は、「ノリ」ではなく、「自分の考え」を「自分のペース」で話をします。

Bosses who don't get into the "Extrovert groove" will talk about "their ideas" at their own pace, not "in the groove."

そのような上司は、「場の空気を読む」ことをしません。

Such a boss does not "read the air".

それ故に、彼らは『最強』であり、そして多くの場合『正しい』。

Hence, they are 'strongest' and often 'right'.

私のような、「完璧否定主義者」「手抜き至上主義者」にとっては、このような人は、本当に怖いのです。

For a "perfection denier" and "corner-cutting supremacist" like myself, these people are horrifying.

私たちは、所詮、「組織の歯車」という「兵隊」ですから。

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我が国の大企業の社長さんには、このような人が多いように思います。

I think many of the presidents of large companies in our country are like this.

(ウラは取っていないのですが)、『学生の頃に、生徒会長やら、テニス部の部長やら、陽のサイドにいた人間は、将来出世しない』という仮説があるようです。

(I didn't get the original information), there seems to be a hypothesis that 'people who were student body president, tennis club president, or on the yang side when they were students, don't get ahead in the future.

私の長いサラリーマン人生で見てきた限り、この仮説は"採択"できます。

From what I have seen in my long career as a businessman, I can "adopt" this hypothesis.

「陽」だけで乗り切れる期間は、人生の中のほんの一部です。

The period you can get through with only "Extrovert " is only a tiny part of your life.

社会で求められるのは、アウトプット(成果)だけです。

In society, only output (results) is essential.

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『努力し続ける無口なコミュ障が、最強となる』 ―― (他の国は知りませんが)我が国の多くの組織には、このメカニズムが組み込まれているように思います(その是非はともあれ)。

The silent communicator who keeps trying will be the strongest." - I think this mechanism is built into many organizations in our country (I don't know about other countries), regardless of their merits or demerits.

もちろん、「陽キャ」であることが悪い訳ではありません。

Of course, being "Extrovert " is not a bad thing.

ただ、「『陽キャのペルソナ』を作るのに一生懸命になる」ことは、あまり意味がないと思っています。

However, I don't think it makes much sense to "work hard to create an 'Extrovert persona.'"

―― ということを、ティーンエイジャの皆さんに申し上げても無駄であることは、分かっているんですけどね。

I know that it is useless to say this to teenagers.

ティーンエイジャの世界線においては、「恋人」と「友人(数)」が、"通貨"であることは、揺がせない事実ですから。

In the teenager's world line, it is true that "lovers" and "friends (number)" are the "currency,"

そして、彼等は、その"貨幣"の多少、つまり"友人数"という価値の呪縛から逃れられないからです。

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