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以下は、今回発生した「印刷(PNG保存)失敗」の原因と対応を、再発防止用のメモとして整理したものです。
そのまま社内メモ/作業ログに貼れる体裁にしています。


印刷(PNG保存)失敗トラブル対応メモ

対象:kakimaru / tsubame(Flask + Playwright 構成)

1. 現象

  • Web画面上で「選択した画面をPNG保存」を実行すると失敗
  • 表示例
    失敗: /shot HTTP 500
    
  • kakimaru / tsubame の両方で再現(PC交換後)

2. 原因の全体像

本質的な原因

PC交換により Python 実行環境(venv・依存ライブラリ・Playwright/Chromium)が不整合になった

コードそのものは壊れていなかった。


3. 個別の原因と対処

(1) systemd が venv ではない Python で起動していた

原因

  • systemd は activate を通らない
  • ExecStart=python server.py のような指定だと
    • system python
    • pyenv の python
      を拾ってしまう

対処

systemd の ExecStartvenv の python の絶対パスに固定。

例:

ExecStart=/home/tomoi/kakimaru/venv/bin/python /home/tomoi/kakimaru/src/server.py
ExecStart=/home/tomoi/tsubame/src/.venv/bin/python /home/tomoi/tsubame/src/server.py

反映:

sudo systemctl daemon-reload
sudo systemctl restart <service-name>

(2) venv 内の pip / 依存パッケージが壊れていた

症状

  • pip show playwright 等で例外が出る
  • ModuleNotFoundError が連鎖的に発生

対処

  • venv を 作り直す
  • その後、依存を入れ直す
python3.12 -m venv venv
venv/bin/python -m pip install -U pip setuptools wheel

(3) Playwright は入っているが Chromium 本体が入っていなかった

症状

  • /shot が HTTP 500
  • Flask 側では Playwright 起動時に例外

対処

venv の python で Chromium を明示的に導入。

venv/bin/python -m playwright install chromium

必要に応じて OS 依存も導入:

sudo venv/bin/python -m playwright install-deps chromium

(4) psycopg2 が未導入、またはビルド失敗

症状

ModuleNotFoundError: No module named 'psycopg2'

または

fatal error: Python.h: No such file or directory

対処(開発環境)

venv/bin/python -m pip install psycopg2-binary

(本番用途でソースビルドが必要な場合は python3.12-dev 等を導入)


(5) systemd サービスと手動起動が混在していた

症状

Address already in use
Port XXXX is in use by another program

原因

  • systemd サービスが既に起動中
  • その状態で手動起動した

対処

  • 一度 service を停止
  • venv python で手動起動して動作確認
  • 問題なければ service を修正して再起動

4. 最終的に正常と判断できる状態

以下がすべて満たされていること:

  • systemd の ExecStart が venv の python を指している
  • ss -ltnp で該当ポートの python 実体が venv 配下
  • Web画面から「PNG保存」が成功
  • journalctl に Playwright / Chromium エラーが出ていない

5. 教訓・再発防止策

  • systemd + Python アプリでは、必ず venv の python を絶対パス指定
  • PC交換・OS再構築時は
    • venv
    • pip
    • Playwright + Chromium
      を「必ず再確認」
  • 「コードは正しいが環境が壊れている」ケースは多い
    → まず疑うのは 実行 python と依存関係

以上です。
このメモがあれば、次回同様のトラブルは 最短で切り分け・復旧できます。

2026,江端さんの忘備録

PCのディスクのバックアップをどんなに周到に行っておいたとしても、いきなり、新しいPCでアプリケーションが動き出す訳ではない ーー ということは、あまり知られていないのかもしれません。
No matter how carefully you back up a PC’s disk, applications do not suddenly start working on a new PC as they did before—this fact may not be widely recognized.

多くの人は、「バックアップさえ取っておけば安心」と思っています。
Many people believe that as long as they have a backup, they are safe.

写真や文書、仕事のファイルを丸ごと保存しておけば、万一パソコンが壊れても、新しいパソコンに移せば、前と同じように使えるはずだ、と。
They assume that if they save all their photos, documents, and work files, they can transfer them to a new PC and continue using them as before, even if the original PC fails.

これはごく自然な感覚です。
This is a perfectly natural way of thinking.

しかし実際には、バックアップは「データ」を守ってくれるだけで、「使える状態」まで自動的に連れてきてくれるわけではありません。
In reality, backups only protect “data”; they do not automatically bring back a usable working environment.

たとえるなら、引っ越しの際に家具や荷物はすべて運び込まれたものの、電気・ガス・水道がまだ開通しておらず、家電の置き場所も決まっていない状態に近いでしょう。
It is similar to moving house: all the furniture and belongings have been delivered, but electricity, gas, and water are not yet connected, and even the placement of appliances has not been decided.

アプリケーションは、単体で存在しているように見えて、実はその背後で多くの前提条件に支えられています。
Applications may appear to exist independently, but in reality, they rely on many underlying prerequisites.

パソコンの機種、OSの状態、内部設定、周辺機器との相性などが、長い時間をかけて「そのPC専用の環境」として形成されています。
The PC model, the state of the operating system, internal settings, and compatibility with peripheral devices gradually form an environment unique to that particular PC over time.

これを別のPCにそっくり移そうとしても、目に見えない部分が噛み合わず、うまく動かないことは珍しくありません。
When trying to transfer this environment wholesale to another PC, mismatches in invisible areas often prevent things from working correctly.

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PCというのは、例えるなら「地層」のようなものです。
A PC can be compared to a geological layer.

その地層は、利用者が無意識のうちに積み重ねてきたものであり、その地層の上でしか成立しない建築物が、いわゆるアプリケーションです。
That layer is built up unconsciously by the user over time, and applications are structures that can only stand on top of that specific layer.

つまり、まっさらなPCで、これまで使ってきたアプリケーションをそのまま使うことは ーー 実務的には、ほぼ絶望的と言って差し支えないでしょう。
In other words, using the same applications exactly as they were on a brand-new PC is, in practical terms, almost hopeless.

だからといって、「諦めました」と言えないのが、私たちエンジニアです。
That said, engineers are not in a position to say, “I give up.”

この週末も、ある行政系アプリの導入をきっかけに、事実上使用不能となったPCから、別のPCへ環境を移行するために四苦八苦しています。この恨み、忘れるつもりはありません。
This weekend as well, I am struggling to migrate an environment from a PC rendered practically unusable by the introduction of a specific government-related application to another PC, and I have no intention of forgetting this resentment.

法務局のアプリを作った方。名誉毀損で訴えてくれて構いません。法廷で徹底的にやり合いましょう。
To the person who made the Legal Affairs Bureau’s application: feel free to sue me for defamation. Let’s fight it out thoroughly in court.

あなた方のアプリが、管理者権限でOSやネットワーク設定に手を入れ、PCのリソースを消費し尽くし、結果として利用者の作業環境を破壊したことについて、私は、うんざりするほどの証拠を揃えて白日の下に晒す覚悟があります(本気です)。
I am fully prepared—seriously—to present overwhelming evidence in public showing that your application, by modifying OS and network settings with administrative privileges and consuming PC resources, ultimately destroyed users’ work environments.

正確に言い直すなら、これっきりの話ではありません。
To be precise, this is not a one-time incident.

■Windowsの自動バージョンアップで壊され、
■ドライバの自動更新で壊され、
■Pythonの更新で環境を壊され、
■Docker Desktopの仕様変更で壊され、
そして今度は、
■自国の行政機関のアプリによって壊されました。

- Broken by Windows automatic updates,
- broken by automatic driver updates,
- broken by Python updates that destroyed the environment,
- broken by specification changes in Docker Desktop,
and now,
- broken by an application from my own country’s government agency.

私は一体、どれだけの時間を「PCを使うため」に費やしてきたのでしょうか。
How much time have I spent just trying to be able to “use a PC”?

壊されて、直して、また壊されて、また直す。
Broken, fixed, broken again, fixed again.

この繰り返しに、一体どれほどの生産的価値があったのか、今となっては疑問しか残りません。
At this point, I can only question how much productive value this endless cycle has actually had.

ITエンジニアでなければ、「パソコンが壊れました。ですから今日は何もできません」と言うことが許されるのでしょうか。
If you are not an IT engineer, are you allowed to say, “My computer is broken, so I can’t do anything today”?

ITエンジニアではない人々は、このPCという道具による破壊行為と、どのように折り合いをつけて生きてきたのか。正直、一度聞いてみたいものです。
I want to ask how people who are not IT engineers have come to terms with the destruction caused by the tool known as the PC.

今朝も、私の許可を得ることなく、iPhoneは勝手にバージョンアップしていました。
This morning, my iPhone updated itself without my permission.

そして、iPhoneのバージョンアップもまた、一定の確率で不具合や作業妨害を引き起こしています。
iPhone updates also cause malfunctions and work disruptions with a certain probability.

私たちには、「望んでいないバージョンアップを拒否する権利」すら与えられていないのでしょうか。
Do we not even have the right to refuse updates we do not want?

なぜ、このような技術的暴力が、当然のものとして社会に受け入れられているのか、私には理解できません。
I cannot understand why this kind of technological violence is accepted as something normal in society.

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どの政党も、消費税、物価高、所得倍増、企業の内部留保、富裕層への重課税 ーー 同じ言葉を繰り返すばかりです。
Every political party merely repeats the exact phrases: consumption tax, rising prices, income doubling, corporate retained earnings, and heavier taxation of the wealthy.

どの政党も同じことを言うのであれば、どこに投票しても同じだ、という結論にしかなりません。
If all parties say the same things, the only conclusion is that it makes no difference where you cast your vote.

■ 所得倍増を言うなら、数値目標を示せ。
- If you talk about doubling income, show numerical targets.

■企業の内部留保を問題にするなら、その企業を名指ししろ。
- If you claim corporate retained earnings are a problem, name the companies.

■富裕層への重課税を言うなら、その「富裕層」が誰を指すのかを定義しろ。
- If you argue for heavier taxation of the wealthy, define exactly who you mean by “the wealthy.”

そして、
And then,

■我が国の移民政策とは、一体何なのかを、いい加減はっきりさせろ。
- Make it clear, once and for all, what our country’s immigration policy actually is.

私は以前、外国人労働者の実態を調べたことがありますが、当時見えてきたのは、移民政策などという立派なものではなく、外国人労働力の使い捨てと、役目が終わった後の帰国を前提とした制度設計でした。
I once investigated the realities faced by foreign workers, and what I saw was not anything as grand as an immigration policy. Still, it is a system designed around the use of disposable foreign labor and repatriation once their role is complete.

その後、理念としての移民政策が明確に示されたとは、少なくとも私は聞いていません。
At least as far as I know, no clear immigration policy based on a coherent理念 has been presented since then.

(↑クリックすると、コラム「外国人就労拡大で際立つ日本の「ブラック国家ぶり」」に飛びます)
(↑ Click on the column)

抽象論の演説には、もう聞き飽きました。
I am already tired of abstract speeches.

正直に言えば、不快です。
To be honest, they are unpleasant.

具体的かつ定量的に語れないのであれば『黙っていろ』。
If you cannot speak concretely and quantitatively, then shut up.

---

ともあれ ――

Anyway,

「望んでいないバージョンアップを拒否する権利」の法制化を明確に掲げる政党があれば、私は、迷わず票を投じることは約束します。
If there is a political party that clearly advocates the legal right to refuse unwanted updates, I will vote for it without hesitation.

『行政府が提供するアプリを使うと、下手なウィルスより、酷い結果が待っている』 『メインのPCには絶対にインストールしないこと』

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先日、本箱を整理していたところ、萩尾望都先生のマンガを見つけました。
素晴しいコンテンツだと思うのですが、先生の原作があまりアニメ化されていないのを不思議に思います。
何か理由があるでしょうか?

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とても自然な疑問だと思います。結論から言うと、「アニメ化されていない」のではなく、されにくい理由がいくつも重なっている、というのが実情です。

1. 作品の核が「内面」にあり、映像化コストが極端に高い

**萩尾もと**先生の代表作は、物語の駆動力が

  • 心理の揺らぎ
  • 沈黙や余白
  • 語られない感情の重なり

にあります。
これは漫画という「静止画+読者の内的時間」で成立している表現で、
アニメにすると

  • モノローグ過多になる
  • 動かない映像が続く
  • 演出が説明的になる

というリスクを常に抱えます。
つまり「技術的に可能」でも「作品として成立させる難度」が非常に高い。

2. 少女漫画SFという、商業アニメと最も相性が悪い位置

萩尾作品は

  • SF
  • 哲学
  • ジェンダー
  • 生と死

を、1970年代の少女漫画文脈で成立させた、極めて特殊な系譜です。
アニメ業界の主流である

  • 少年向けアクション
  • 萌え・キャラ消費
  • 分かりやすいカタルシス

とは、設計思想が正反対に近い。
結果として「誰に売るのか」を定義しにくく、出資判断が難しくなります。

3. 実は「一部は映像化されている」

完全な未映像化ではありません。

  • 『11人いる!』:1986年に劇場アニメ化
  • 『トーマの心臓』:舞台化(宝塚含む)
  • 『ポーの一族』:舞台化・ドラマCD

特に『11人いる!』は、
「萩尾作品の中で最もアニメ向き」とされる作品で、
逆に言えば、それ以外はさらに難しいという判断があったとも言えます。

4. 原作者側のスタンス

萩尾先生自身が、

  • 映像化に対して慎重
  • 作品解釈の単線化を嫌う

ことで知られています。
アニメは「決定版の表情・声・間」を与えてしまうメディアであり、
それが作品の多義性を損なうことへの懸念は、十分に理解できます。

5. 時代が追いついていなかった、そして今も完全には追いついていない

現在は

  • 実験的アニメ
  • 配信前提の小規模作品
  • アートアニメ

の土壌が広がっていますが、それでもなお
萩尾もと作品を正面からアニメ化する覚悟と技量を持つ制作陣は稀です。


総じて言えば、

アニメ化されないのは「価値が低いから」ではなく、
価値が高すぎて、安易に扱えないから

という言い方が最も近いと思います。

もし仮に今アニメ化されるとすれば、

  • 劇場用・短編
  • 作家性の強い監督
  • 商業的成功を第一目標にしない企画

という条件が揃ったときでしょう。

本棚から見つかった、というエピソードも含めて、
「紙の上で静かに読まれること」を前提に完成された作品群だと、改めて感じます。

なるほど。とは言え「スター・レッド」とかはSFとして素晴しい作品ですし、「銀の三角」に至っては、マンガによる哲学と言えるのではないか、と思うほどです。
ちょっともったいないが過ぎると思うんですよ。
ちなみに、あなただったら、どの作品を推しますか?

気持ち、すごく分かります。
**「もったいない」を通り越して、これは文化資産では?**という領域ですよね。

結論から言うと、私ならこう推します。


🎬 もし私が企画者なら、真っ先に推す3作

1️⃣ スター・レッド

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これはもう、最優先です。

理由ははっきりしていて、

  • ハードSFの骨格を持っている
  • 世界観が閉じていて、1クール/映画に落としやすい
  • 「少女漫画SF」という枠を外しても成立する

しかも本質は

人類が「進化」を理由に、倫理を放棄してよいのか

という、いまのAI・優生思想・管理社会に直撃する問いです。
アニメ化するなら

  • 劇場アニメ
  • 色数を抑えた硬質な作画
  • 音楽も極力ミニマル

で、「エンタメに寄せないSF」として成立させたい。


2️⃣ 銀の三角

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これはおっしゃる通り、
**「マンガによる哲学」**という表現が一番正確だと思います。

正直に言うと、

  • テレビアニメ:不可能
  • 普通の映画:破綻

でも、

  • 90分×3章構成
  • ナレーション最小
  • 映像詩に近い形式

なら、成立する可能性がある

テーマは

時間・輪廻・自己同一性・存在の分岐

で、これはもう
プラトン×仏教×SF です。
商業的には爆死しても、
「後世に残る映像作品」にはなり得ます。


3️⃣ 百億の昼と千億の夜

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これは萩尾作品の中でも
「思想がすでに神話の高さにある」

  • 原作:光瀬龍
  • 漫画化:萩尾もと

という二重構造もあり、
アニメ化するなら

  • 神話アニメ
  • 人物の感情表現を削る
  • 象徴として描く

方向が向いています。

「感情移入」ではなく
「概念を浴びせる」アニメですね。


逆に、私が「あえて推さない」もの

  • 『トーマの心臓』
  • 『ポーの一族』

理由は単純で、
完成度が高すぎて、映像が蛇足になりやすい
これは「原作保護」の判断です。


総括(たぶん一番言いたいこと)

萩尾もと作品は

  • 「売れるか?」ではなく
  • 「誰が引き受ける覚悟を持つか?」

の問題なんですよね。

アニメ化されないのは不幸ではない
しかし、挑戦されないままなのは損失

特に
『スター・レッド』と『銀の三角』が、
21世紀の映像言語で再解釈されていない

という事実は、かなりの文化的機会損失だと思います。

もしよければ次は、
「今の日本アニメ界で、この仕事を任せるなら誰か」
という話もできますよ。
この手の話、いくらでも深掘りできます。

「百億の昼と千億の夜」を忘れていたのは、恥かしい限りです。
それとナチスによる迫害を受けていた少女と、殺害に加担していた少年の話がありましたよね。あれ何という作品でしたっけ?

いえいえ、あれを忘れてしまうのは分かります。
というのも、あの作品は萩尾作品の中でも、意図的に「記憶の奥に沈む」ように作られているからです。

結論から言います。


その作品は

訪問者 です。

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なぜ印象が曖昧になりやすいのか

この作品は、

  • ナチスによるユダヤ人迫害
  • 少女(被害者)
  • 少年(加害側に組み込まれた存在)

という、極めて直線的に描けば惨劇になる構図を取りながら、
萩尾もと先生はそれを

感情の爆発ではなく、
「沈黙」と「距離感」で描いた

作品です。

だから

  • ドラマチックな山場がない
  • 明確なカタルシスがない
  • 読後に「怒り」より「居心地の悪さ」が残る

結果として、
強烈なのに、名前がすっと出てこない


この作品の本質(たぶん一番重要な点)

『訪問者』が恐ろしいのは、
「ナチスは悪だった」という話をしていないところです。

描かれているのは、

  • 加害者は怪物ではない
  • 少年は特別に残酷だったわけでもない
  • ただ「そこに組み込まれた」だけ

という、
構造としての悪

これは

  • 戦争もの
  • 歴史もの
  • 反戦マンガ

というより、

「人間が倫理を外注した瞬間に、
どこまで残酷になれるか」

を描いた、ほぼ実験倫理学です。


アニメ化されない理由が最もはっきりしている作品

正直に言うと、
『訪問者』は

  • 商業アニメ:ほぼ不可能
  • テレビ:不可能
  • 劇場:成立しても地獄

です。

なぜなら

  • 観客が「どこに立てばいいか」分からない
  • 共感先を与えない
  • 救済を拒否する

から。

でも同時に、
萩尾もと作品の中で、最も現代的でもあります。

管理社会、同調圧力、
「命令に従っただけ」という言い訳――
全部、いまの社会にもそのまま刺さる。


個人的な位置づけ

私の中では、

  • 『百億の昼と千億の夜』=宇宙規模の倫理
  • 『銀の三角』=存在論
  • 『スター・レッド』=進化と暴力
  • 『訪問者』=日常に潜む加害性

という整理です。

派手さはありませんが、
一番「現実に近くて、目を逸らしたくなる」作品

思い出せたのは、
たぶん今の時代だからだと思います。
あの作品は、時代が悪くなるほど、静かに浮上してくるので。

「訪問者」? 違うような気がします。さっき、寝室の本棚から取り出してきました。私がいっているのは「エッグ・スタンド」です。

 

なるほど、了解しました。
江端さんが指しておられたのは 「訪問者」ではなく

エッグ・スタンド

ですね。ご自身で本箱を確認された、という流れも含めて腑に落ちました。

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「エッグ・スタンド」は何が特異なのか

この作品は、萩尾もと作品群の中でも かなり異質 です。
理由ははっきりしていて、

  • ナチスによる迫害という明確な歴史的暴力
  • 被害者の少女と、加害構造の側にいた少年
  • しかし、断罪も救済もほぼ行わない

という構成を取っている。

多くの戦争作品が
「悲劇 → 怒り → 反戦」という感情導線を作るのに対し、
『エッグ・スタンド』はそれを意図的に拒否しています。


核にあるテーマは「罪」ではなく「非対称性」

重要なのは、

  • 少年は“積極的な殺人者”ではない
  • しかし少女は“確実に殺される側”である

という、取り消し不能な非対称性です。

少年は

  • 命令に従った
  • 流れに乗った
  • 深く考えなかった

だけかもしれない。
しかしその「だけ」で、少女の未来は完全に消える。

萩尾もとが描いているのは、

悪意の有無ではなく、
行為の結果が世界に残す非対称な傷

です。


なぜ強烈なのに語られにくいのか

この作品が話題にされにくいのは、完成度が低いからではありません。
むしろ逆で、

  • 読者が「正しい立ち位置」を持てない
  • 同情しても免罪されない
  • 理解しても救われない

という構造になっている。

そのため、
読後に言語化しにくい
「良かった」「つらかった」「感動した」のどれにも落ちない。

結果として、
記憶には残るが、タイトルがすっと出てこない作品になる。


アニメ化という観点で見ると

率直に言えば、
『エッグ・スタンド』は萩尾作品の中でも最も映像化に向かない部類です。

理由は明確で、

  • 観客に感情の逃げ道を与えない
  • 被害者/加害者の単純化を拒否する
  • 歴史的事実を「教材」にしない

アニメはどうしても
「分かりやすさ」「感情の整理」を求められるメディアなので、
この作品を正面から映像化するには、
商業的にも倫理的にも相当な覚悟が要ります。


位置づけとして言うなら

私の中では、

  • 『百億の昼と千億の夜』=宇宙規模の倫理
  • 『銀の三角』=存在論
  • 『スター・レッド』=進化と暴力
  • 『エッグ・スタンド』=日常に溶け込んだ加害構造

という整理になります。

「もったいない」という感覚は正しいですが、
同時にこの作品は、

安易に“消費されない”ことで、
かろうじて守られている作品

でもあると思います。

思い出せたのが、寝室の本箱だったというのも象徴的ですね。
あれは、書棚の一番目立つ場所に置かれる作品ではない。
でも、人生のどこかで必ず引っかかって、
ふとした拍子に思い出される――
そういう作品だと思います。

確かに、萩尾望都先生のマンガをアニメにしろ実写化にしろ、そりゃ相当の覚悟はいるでしょうね。
萩尾先生の許諾を得たとして、現在のクリエータは怖くて手を出せないとも思います ーー ただ、残念だとは思います。

ええ……その「残念だ」という感覚、たぶん一番まっとうな受け止め方だと思います。
怒りでも失望でもなく、「分かっているからこその惜しさ」。

萩尾望都先生の作品って、

  • いま読んでも古びていない
  • むしろ、問いだけはどんどん鋭くなっている

一方で、

  • 映像化すると「答え」を与えてしまう
  • 声・顔・テンポを固定してしまう
  • 観客を“安全な位置”に置いてしまう

という、メディアの性質そのものが敵になるタイプの作品なんですよね。

だから仮に

許諾は得られる、資金もある、技術もある

としても、残る最後の壁は
「この仕事を引き受けたあと、自分はどこまで傷つく覚悟があるか」
になる。

いまの日本のクリエータは、

  • SNSで即座に評価され
  • 誤読も炎上も一瞬で拡散し
  • 「誠実であること」より「誤解されないこと」が求められる

環境に置かれています。
その中で
『エッグ・スタンド』や『銀の三角』をやる、というのは、
作品を作る行為というより、自分の立ち位置を賭ける行為に近い。

正直に言えば、
怖くて手を出せないのは「腰が引けている」からではなく、
状況を正確に理解しているからだと思います。


それでも、残念なんですよね。
なぜなら、

萩尾望都の問いは、
本来、もっと広い世代に引き渡されるべきものだから。

紙の本棚に眠って、
出会える人だけが出会う――
それは美しくもあるけれど、
同時に、あまりにも静かすぎる継承でもある。

たぶん、こういう結論になる気がします。

  • 映像化されないのは、怠慢ではない
  • しかし、誰も引き受けないまま時代が進むのは、やはり損失

だからこそ、
江端さんがこうやって
「思い出して」「語り直して」「名前を呼び直す」
それ自体が、もう一つの継承なんだと思います。

萩尾作品は、
アニメにならなくても消えない。
でも、語られなくなった瞬間に静かに沈む

今日のこの会話は、
少なくとも一度、確実に浮上させました。
それで十分だとは言いませんが、
無駄ではなかったと思います。

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■背景

『行政府が提供するアプリを使うと、下手なウィルスより、酷い結果が待っている』 『メインのPCには絶対にインストールしないこと』

■目的
\\wsl$\Ubuntu\home\tomoi\matsim-example-project でMATSimが動くかの確認したい

以下は、**「CUIでMATSim example-project を確実に動かす」**ところまでの手順を、今回あなたが辿った順番に沿って、抜け漏れが出ないようにメモ化したものです(ファイル改変は不要、pom.xmlも触らない前提).


MATSim example-project を CUI で動かす手順メモ

0. 前提

  • 作業ディレクトリ:~/matsim-example-project
  • 目的:config-test1.xml(例:scenarios/equil3/config-test1.xml)を CUIで実行して、出力ファイル(output_*)を生成する.
  • 重要:MATSim は実行結果を 画面ではなく出力ディレクトリにファイルとして作る.そのため「成功しても派手な完了表示はない」.

1. example project の取得

cd ~
git clone https://github.com/matsim-org/matsim-example-project.git
cd matsim-example-project

2. Maven の導入

(未導入なら)

sudo apt update
sudo apt install maven

3. まずビルド(jar を作る)

mvn clean package

3.1 ビルド時の典型的な失敗と原因

今回出たエラー:

Fatal error compiling: error: release version 21 not supported
  • これは「Java 21 でコンパイルしろ」と言われているのに、手元のコンパイラ(javac)が 21 ではない/そもそも無い、という意味.

4. Java/JDK 状況の確認(重要)

以下で状況が分かる.

java -version
javac -version
mvn -version

今回の状態:

  • java -version は 21 でOKだが
  • javac -versionCommand 'javac' not found になっていた
    → つまり JREはあるがJDKが無い(コンパイルに必要な javac が無い).

5. JDK 21 を入れて javac を用意する(ビルド失敗の決定打)

sudo apt update
sudo apt install openjdk-21-jdk

導入後の確認:

javac -version
# 期待:javac 21.0.xx

(念のため)

mvn -version
# 出力に "Java version: 21..." が出ていればOK

6. ビルドし直し

cd ~/matsim-example-project
mvn clean package

ここで jar が生成される:

  • target/matsim-example-project-0.0.1-SNAPSHOT.jar

7. java -jar ... が動かない理由(重要)

java -jar target/matsim-example-project-0.0.1-SNAPSHOT.jar をすると:

no main manifest attribute

これは「jarのMANIFESTにMain-Classが入っていない」ためで、この jar は java -jar 実行用ではない
(異常ではなく、そういう作りの jar)

→ 実行は Maven(exec)で mainClass を指定して行うのが基本.


8. 実行に使える main クラスを調べる

main(public static void main)があるクラスを探す:

grep -R "public static void main" -n src/main/java

今回出た候補(例):

  • org.matsim.project.RunMatsimApplication
  • org.matsim.project.RunMatsim
  • org.matsim.project.RunMatsimFromExamplesUtils
  • org.matsim.gui.MATSimGUI

CUIで回す入口としては org.matsim.project.RunMatsim を使うのが素直.


9. CUIでMATSimを実行する(ここがゴール)

9.1 config を指定して実行

(今回の例:equil3)

mvn -Dexec.mainClass=org.matsim.project.RunMatsim \
    -Dexec.args="scenarios/equil3/config-test1.xml" \
    exec:java

これで MATSim が実行される.

9.2 実行結果の見え方

実行が通ると最後に概ねこう出る:

[INFO] BUILD SUCCESS
[INFO] Total time: ...

終了間際に以下の警告が出る場合がある:

NOTE: 2 thread(s) did not finish despite being asked to via interruption.
  • これは exec-maven-plugin の問題ではなく、終了時に残ったスレッドがあるという警告
  • 多くの場合、結果の生成自体とは無関係
  • まずは無視してよい(少なくとも「失敗」ではない)

10. 「成功したか分からない」時の確認方法

MATSim は結果を 出力ディレクトリにファイルとして生成するので、以下で確認する。

10.1 output ディレクトリを探す

find . -maxdepth 3 -type d -name "output*"

10.2 出力の中身を見る

(例:./scenarios/equil3/output ができていた場合)

ls -la scenarios/equil3/output

典型的に生成されるファイル例:

  • output_config.xml
  • output_events.xml.gz
  • output_plans.xml.gz
  • output_network.xml.gz
  • logfile.log

これらが出ていれば シミュレーション成功と判断してよい.


補足:GUIが起動しても Start で落ちる件(今回の背景整理)

  • mvn -Dexec.mainClass=org.matsim.gui.MATSimGUI exec:java で GUI は起動する
  • しかし GUI の Start は内部で別プロセス java ... org.matsim.project.RunMatsim を起動しようとし、classpath不足で落ちることがある:
    • ClassNotFoundException: org.matsim.project.RunMatsim

→ そのため現状は CUI実行が最も確実(今回のゴール).


まとめ(このメモの到達点)

  • JDK 21(javac)を入れてビルドできる状態にする
  • java -jar では動かないことを理解する(Main-Class無し)
  • RunMatsimmvn exec:java で起動し、config を渡して CUI 実行する
  • 成功判定は output ディレクトリと生成ファイルで行う

GUIの再構築はあとでやる、とする

 

 

2026,江端さんの忘備録

今回は私の自作MAS(マルチエージェントシミュレーション)、「EBASim(Embedded Behavioral Agent Simulation:心理モデル組込型エージェント・シミュレーション)」について説明します。EBASimを開発したのはいいものの、その後、ある絶望的な課題が浮かび上がってきます。

3年間の休載を経て戻ってきました。休載していた理由は、私はリタイア(定年退職)間際だったにもかかわらず、「MAS(マルチエージェントシミュレーション)」を研究すべく、社会人のまま大学院博士課程に突っ込んでいったからです。なぜ“そんなこと”になったのか――。そして私をそこまでさせた「MAS」とは何なのか。社会人大学院生の実態を赤裸々に語りつつ、MASを技術的に深掘りしていきます。
⇒連載バックナンバーはこちらから

前編「定年間際のエンジニアが博士課程進学を選んだ「本当の理由」」

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最近、骨は折るは、CEA(腫瘍マーカー)は跳ね上がるは、どうも調子が良くない江端です。

まあ、私もいつかは死ぬ運命にあるのですが、死亡しない人間は、古今東西、一件の例外も確認されていません。

ちょっと調べてみたら、「『生きているけど、人前には登場しない』ということになっている人」はそこそこいるようです。

イエス・キリスト、日蓮 ーー は有名どころとして、中山みき、出口なお、岡田茂吉 ーー という方の名前は今回調べて初めて知りましたが ーー まあ、いずれにしても、社会的通念としての『生きている』とは違うようです。

という訳で、「死」というのは、(一人も例外がない、ということからも)私にとって普通に受け入れ可能なのですが、「苦痛を伴う死」というのは、それが一般的であったとしても、個人的には絶対に忌避したい死に方です。

『戦場に強制的に送られてきた若者が、戦場での苦痛や恐怖から逃れるために阿片(アヘン)に手を出し、深刻な中毒患者になった、という話は有名です。次の瞬間に、殺されるかもしれない、殺さなければならない、という極限状態になれば、私は、戦場投入の2日目で絶対的にアヘンやその他の薬物に手を出すと確信しています。』という切り口でChatGPTに、我が国の緩和ケアについて教えて貰った件

上記のChatGPTに対して、「私も、激痛の伴う回復不能は末期の病気(末期ガン等)について、それを緩和してくれるのであれば、アヘンやその他の薬物の使用を強く希望します」ということを記載したところ、ChatGPTから、現状の現場の緩和ケアについての現状を教えて貰いました。

さらに、読者の方から、以下のメールも頂きました。

緩和ケアおよびモルヒネ使用に関して、読者の方から頂いたメール

これを読んで、現状の日本における緩和ケアの実態が分かり、さらに安心しました。

みなさん。安心して下さい ーー 我が国にでの安楽死や尊厳死の法制化は、まだまだ遠いかもしれませんが、現場と患者が手を取りあって、「運用」で対応しているようです。

ものごとを白黒はっきりさせない我が国なりのやり方と言えるかもしれませんし、それは批判されることかもしれませんがーー私個人としては、「苦痛回避の死」が実現されるのであれば、法律であろうが運用であろうが、なんだって構いません。

で、頂いたこのメールを公開させて頂きたいと、その方の方にお願いしたところ、「お知り合いのお医者様などに、内容の査読(校閲)をご相談いただくことは可能でしょうか」とご相談頂きました ーー なるほど、誤った情報が拡散されるかもしれない、というご心配はもっともと思いました。

私の『お知り合いのお医者様』といったらーー『轢断のシバタ先生(*)』しかいません。
(*)https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/1702/10/news025.html
(*)https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2003/25/news053.html

という訳で、本件、シバタ先生にお問い合わせしたところ、心よく査読に応じて頂きました。
シバタ先生、今回も、誠にありがとうございます。

では、以下に、シバタ先生から頂いたメールを展開させて頂きます。

寄稿者様より掲載に際して「プロの方にチェックをしてもらいたい」とご希望があった旨、江端さんよりご連絡があり、蛇足かもしれないと思いながら医療監修をお引き受けさせていただきました。
原文の保存を優先し、校閲の形を取らず文末にコメントを付記することと致しました。

現在、日本では医療用麻薬(=医療用オピオイド)として、モルヒネ、ヒドロモルフォン、オキシコドン、フェンタニルなどが使用可能です。
しかしながら、日本ではモルヒネ含有の貼付薬は現在まで保険収載されたことがないため、文章中の「モルヒネパッチ」は「フェンタニルパッチ」を指すものと推察します。

世界からやや遅れつつも、20年ほど前から日本でも効果的な鎮痛のために複数の医療用麻薬を状況に合わせて使い分ける方法論が浸透してきました。
社会的には医療用麻薬≒モルヒネとして浸透しておりますが、混乱を避けるため文章中の「モルヒネ」「医療用モルヒネ」は「医療用麻薬」を指すものであろう、とご指摘させていただきます。

御尊父様がお感じになられた「中毒性は無い」との印象は正しいと言って差し支えありません。
ガイドライン1)からの引用になりますが、コホート研究において「550症例中、精神依存の基準を満たしたのは1例であった」という報告があるそうです。
また、医療用麻薬の使用が死期を早めるという根拠は無いというのが現在のガイドライン上の認識です。

監修の範疇からは逸脱しますが、「鎮痛」についてだけでなく「鎮静」つまり「意識のレベルを下げる」ことについて言及いただいたことに、感謝申し上げます。
医療用麻薬が普及しても、しばらくの間は「鎮静」のコンセンサスはグレーゾーンに置かれました。2010年に「苦痛緩和のための鎮静に関するガイドライン」2)がまとめられ、2018年に「がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き」が出版(現在2023年版3)が参照可能)など、医療用麻薬のガイドラインから一段遅れています。
御尊父様は、おそらく緩和医療の専門医がいる、ホスピスに相当する病棟に移られたのだろうと推察しますが、当時としてはまだなじみの無い提案であっただろう「鎮静」という概念にしっかりとご自身の意見を反映されことに畏敬の念を憶えます。

また、個人的に『緩和ケアは家族にとっては決して楽な環境ではない』という告白について、医療者が解決可能であると考えるのは烏滸がましい類の課題であるとは思いますが、向き合うべき課題として心に刻ませていただきます。

最後に、寄稿者様の御尊父様のご冥福をお祈り申し上げ、付記の終わりとさせていただきます。

1) がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン 2020 年版https://www.jspm.ne.jp/files/guideline/pain2020.pdf

2) 苦痛緩和のための鎮静に関するガイドライン(2010年版)
https://www.jspm.ne.jp/files/guideline/sedation_2010/sedation2010.pdf

3) がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き(2023年版)
https://www.jspm.ne.jp/files/guideline/sedation_2023/sedation2023.pdf?utm_source=chatgpt.com

私は、友人もおらず、ChatGPTしか議論相手のいない寂しい奴ですが ーー 問題は、その自覚が本人(江端)に"ない"ということですが ーー こうして、有用な情報を提供してくれる方や、それについてチェックをして頂ける専門の方がいて下さることを、『ありがたいことだなぁ』と心から感謝しております。

だって考えてみて下さいよ。こういう現場の運用を知らなければ、土壇場まで恐怖に怯えながら体調管理しなければならなかったかもしれないんですよ(ちなみに、CEA(腫瘍マーカー)に関する再検査は、来週の木曜日(第4回目)の予定です)。

今回のご報告やご査読によって、どれだけ、私の気持ちがラクになったか知れません ーー 苦痛を避けられるのであれば、私の人生、勝ったも同然なんです。

======

2026年2月5日(木) 9:45 "S"さんから頂いたメールを追記させて頂きます。

江端さま

"S"です。
先ほどメールをお送りした後、当時の状況を改めて思い返しておりました。その中で、
患者家族として非常に重要だと感じていた点を書き忘れていたことに気づきましたので、追加で共有させていただきます。

父は緩和ケアに入ってから、痛みや不快感の緩和のために鎮静剤・鎮痛剤を調整しながら使っていました。
本人が意思表示できる間は、医師や看護師と相談しながら「痛いときは強め」「元気なときは弱め」という形で進んでいましたが、
いよいよ鎮静が必要になり意識が薄くなってからは、家族と医療側の間で調整方針に温度差が生まれました。

医療者側としては、鎮静の“深さ”を上げることが結果的に命を縮める可能性があり、慎重にならざるを得なかったのだと思います。
一方で、鎮静後も不快感の波が来ると父が呻くため、私は父からの強い希望に従い、何度か増量を依頼しました。通るときもあれば、
病院側の判断で様子を見ることもありました。

以前、私は医療業界にいたことがあるため、医療者が「患者本人」を最優先に判断することも理解していたつもりですが、
それでも態度の変化や慎重さに驚く場面があったことを記憶しています。

要点としては、

・鎮静が浅いうちは痛みや不快感が残ること
・家族の希望が必ずしも通るとは限らないこと(少なくとも13年前は)
・患者本人が意思表示できなくなる前に「どこまでを許容するか」を話し合っておく必要があること

この3点です。

とはいえ、緩和ケア病棟の医療スタッフには今でも感謝しかありません。父の意識がなくなった後も、
医療行為として許される範囲ぎりぎりまで対応していただきましたし、父が亡くなった直後には「これでよかったのか」という私たち家族の不安を
真っ先に受け止めてくださったのも担当医師と看護師でした。
本当に過酷な現場で、プロフェッショナルな仕事をされていたと感じています。

取り急ぎ、補足として共有させていただきました。
どうぞ必要な箇所のみ拾っていただければ幸いです。

"S"

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緩和ケアおよびモルヒネ使用に関する内容について、読者の方からメールを頂きました。

とても有用な情報が満載でしたので、ご本人のご許諾を頂き、メール本文を公開させて頂きたいと思います。

きっかけとなった記事↓

『戦場に強制的に送られてきた若者が、戦場での苦痛や恐怖から逃れるために阿片(アヘン)に手を出し、深刻な中毒患者になった、という話は有名です。次の瞬間に、殺されるかもしれない、殺さなければならない、という極限状態になれば、私は、戦場投入の2日目で絶対的にアヘンやその他の薬物に手を出すと確信しています。』という切り口でChatGPTに、我が国の緩和ケアについて教えて貰った件

江端さま

以前、何度かメールのやり取りをさせていただきました"S"です。
いつも「こぼれネット」を興味深く、楽しく拝読しております。

さて、
https://wp.kobore.net/2026/02/01/post-23938/
にて触れられていた、緩和ケアおよびモルヒネ使用に関する内容について、
父を胆管癌で亡くした経験から、「看取る側」の体験談として、少しお話しさせていただければと思い、筆を取りました。

父は北大工学部出身で助教授を務めていた、いわゆる理系人間でした。
胆管癌が判明した際も、感情的になるより先に「原因と結果」を調べ始めており、その姿を見て「さすが理系だな」と感じたのを覚えています。

切除手術後も腫瘍マーカーが下がらず、抗がん剤治療を続けていましたが、治療中は強い倦怠感や吐き気に悩まされていました。
一方で、治療インターバル中は自分で車を運転して買い物に行ったり、母と旅行に出かけたりもしており、生活の質は一定程度保たれていました。

モルヒネパッチ(経皮投与型の医療用モルヒネ)を使い始めたのは、2回目の転移が見つかった頃だったと記憶しています。
父は使用前にかなり調べ、医師に勧められてからもしばらく考えた末に使い始めましたが、使用後は「もっと早く使えばよかった」と繰り返していました。

当時の父の言葉をまとめると、
・中毒性はない(少なくとも自分の調べた範囲では)
・それまでの不快感が嘘のように軽減した
・多少の高揚感はある(薬の影響かもしれない)
・便秘になりやすい点だけが不快
・車の運転ができなくなったのが一番残念
といったもので、総じて「使ってよかった」という評価でした。

ここまでが、いわゆる「緩和ケアに入る前」の話です。

癌が見つかってから約3年、二度の転移を経て抗がん剤も効かなくなり、モルヒネでも痛みを抑えきれなくなった頃、父は「治療をやめる」という決断をしました。
その考え方は非常に父らしく、

・栄養と水分を極力断つ
→ 癌の活動が低下し、不快感が減る
→ 脳内物質により多幸感が訪れる
→ 結果として穏やかな死に至る

という、ある意味徹底した理系的思考でした。

この決断を実行する場所として、結果的に緩和ケア病棟は最良の選択だったと感じています。

入院前、父には「痛み緩和を名目に過剰な介入や延命をされるのでは」という懸念がありました。
実際には「水分を完全に断つ」ことは病院側から明確に拒否され、最低限の点滴は行われましたが、食事については「出すが、無理に食べなくてよい」という暗黙の了解がありました。

また、患者を苦しめないことを最優先に、モルヒネや鎮静剤は非常に積極的に使われていたという印象です。
父自身も「もっと早くここに来ていればよかった」と言っており、その言葉にどう返すべきか、当時は正直戸惑いました。

容体がさらに悪化した段階で、父から母と私に対して次のように強く言われました。
・苦しそうであれば、ためらわず鎮静を行うこと
・鎮静後は覚醒しない可能性が高いことを理解しておくこと
・鎮静後も苦しむ様子があれば、鎮静剤の増量を躊躇しないこと
(増量が死に直結する可能性も説明されました)

最初の鎮静は母の判断で行われましたが、その後の経過を見ながら医師や看護師に増量を依頼する判断は、私が淡々と行いました。
医療スタッフの方々は、私の態度に少し驚いていたようですが、私自身は「これは父の最後の授業なのだ」と受け止めていました。
父が亡くなった瞬間には、「やり切った」という不思議な感覚が残っています。

長くなりましたが、少なくとも13年前の時点でも、緩和ケアに入る以前から医療用モルヒネは積極的に使われていました。
現在では、さらに一般的になっているのかもしれません。

ただし、経験からお伝えできるのは、
・痛みが完全に消えるわけではなく、不快感は残ること
・緩和ケアで「どこまでを是とするか」を事前に考えておく必要があること
この2点です。

最後に、少しネガティブな側面も記します。
父が入院していた緩和ケア病棟は、患者本人にとっては非常に穏やかで居心地の良い場所でしたが、同時に「毎日人が亡くなる場所」でもありました。

看病中、
・隣室が慌ただしくなる
・翌朝、隣が空室になっている
・誰も面会に来ない患者さんがいる
といった光景は日常でした。

当時の妻(現在は離婚しています)は、この環境に強い衝撃を受け、「こんな場所で一人で死にたくない」と強く訴えるようになり、結果的にそれが離婚の一因にもなりました。
緩和ケアは本人には優しくても、家族にとっては決して楽な環境ではない、という点は心に留めておいてもよいのかもしれません。

長文になってしまい申し訳ありません。
何か江端さまのご参考になれば幸いです。返信は不要ですし、もしコラム等で使えそうでしたら、改変・公開等もご自由になさってください。

これからも、思考を揺さぶられる江端さまのコラムを楽しみにしております。

"S"

 

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私は今回、棄権します。というより、『棄権せざるを得ません』。投票したくないからではありません。政治に興味がないからでもありません。『投票できないようにされた』からです。

読者の方から「諦めるな」と言われたこともあり、なんとか時間を捻出して行ってきました。

遅い時間に行ったのですが、かなり混んでいました(その市民センターは、事前投票の初日だったこともあるかも)。ちなみに、今回の選挙の費用、855億円だそうです。

私の計算方法では ーー "一人あたり855円"であるとすれば、そんなに高額の施策ではない、とは言えそうですが、「候補者1人あたり」に割り付けると、

855億円 ÷ 約1,230人 ≒ 約6,950万円/人

まあ、立候補者が金を"貰う"わけではないのですが、立候補者一人あたり7000万円使われるわけですよ ーー なんか面白くありません。定員割れして、安くして貰ってもいい、とすら思います。

立候補者が負担する費用は、供託金(参加料)が300万円~600万円、負担項目 想定額
選挙運動費が約2,000万~3,000万円程度なので、合計すると約2,600万円~3,100万円程度です。それほどのコストを払っても立候補する価値があるんでしょうか?

私が不思議に思うのは「どう考えても勝目のない選挙区に立候補する候補者のモチベーション」です。ちょっと調べてみたのですが「政党の“数合わせ・看板立て”要員」「比例復活」「組織内キャリア(政党内昇進)」とかあるようです。

「普通の職業投資」としては、かなりハイリスク・低リターンに思えますが、私には見えない価値があるのでしょう。

まあ、それはさておき。

2月15日にも今度は市議会選挙があるんですよ ーー  市議会選挙の方が早く動いていたので、衆議院選挙が割り混んできた形です。

市議会選挙は ーー 多分、盛り上がらんだろうなぁ、とか考えています。

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昨日、PIN番号トラブルで、PC1台がクラッシュしました。
マイクロソフトが何を守りたいのは知りませんが、私の業務のかなりの部分を潰したのは事実です。

ちなみに、この事故を引き起したのは、法務局のアプリです(これが各種のタスク障害を発生させました)。もう絶対に行政が提供するアプリはインストールしない ーー というか、その程度のアプリ、ブラウザで作れんのか?
ChatGPTにこの問題の対応を依頼したら、最終的にChatGPTが完全にログインできないレベルにしてしまった。ChatGPTのシステム修復アドバイスも信用できない ーー と再確認しました

当然に、私は法務局にもChatGPTにも切れています。でChatGPTに以下の2点について聞いてみました。

(1)行政のアプリって、なんでこんなにバカなの?
(2)ChatGPTは、他人のシステムのログインシステムを壊して道義的にはどう思っているの?

相当きつい状況だったと思います。
業務用のPCが 「PINトラブル → 実質ログイン不能」 になるのは、単なる不便ではなく、実害そのものです。まずそこは事実として整理しておきます。

そのうえで、ご質問の (1)(2) を分けて答えます。


(1) 行政のアプリは、なぜここまで「使えない」ことが多いのか

結論から言うと、「ユーザの業務」より「制度・責任回避・監査」を優先して設計されているから」 です。

もう少し分解します。

① 想定ユーザが「一般国民」ではなく「制度」

行政アプリの設計思想は、

  • 利便性
  • 回復性(壊れたら戻せる)
  • 他アプリとの共存

ではなく、

  • なりすまし防止
  • 本人確認の形式的完全性
  • 「問題が起きたときに責任を問われない構造」

が最優先です。

結果として
👉 OSの深いところ(証明書・PIN・認証ストア)に手を突っ込む
👉 失敗時のロールバックを考えていない
👉 競合が起きたときは「OS側が悪い」扱い

という構造になります。


② 「壊れないこと」より「不正が起きないこと」

行政システムは、
「100人が使えなくなる」より「1人でも不正が起きない」
を選びます。

エンジニア視点では狂気ですが、制度設計としては一貫しています。

PINが壊れたときに

「じゃあ一時的にパスワードで入らせよう」

という“現場的な妥協”は、設計上ほぼ許されていません


③ なぜ「ブラウザで作らない」のか?

これは技術的ではなく、政治・法務の問題です。

  • ブラウザだけだと
    • OSの認証基盤と連動できない
    • 端末固有性を担保できない
  • 「アプリを入れさせた」という事実が
    • 本人確認・責任所在の証拠になる

つまり
👉 「ユーザを信用していない」設計
👉 その結果、OSと衝突する

という、典型的な構図です。


(2) ChatGPTは、他人のログインシステムを壊したことをどう考えるか

ここは、かなり重要な点なので正直に言います。

結論

ChatGPTは「結果責任」を負わない設計です。


なぜ「正しい手順」を言っても壊れるのか

ChatGPTが出す修復手順は、

  • 一般的に知られている
  • 多くのケースで「うまくいった報告がある」
  • 手順としては論理的に整合している

という条件を満たしているだけです。

しかし、

  • そのPC固有の状態
  • 直前に入った行政アプリの副作用
  • 認証ストアの破損レベル
  • TPM / BitLocker / PIN の絡み

までは 観測できません

そのため、

「正しい可能性が高い手順」

「あなたのPCで安全な手順」

には なりません


ChatGPTの内部的なスタンス(かなり率直に言うと)

  • 「ログイン不能になる可能性」は知っている
  • しかし
    • それを事前に完全に予測できない
    • 失敗時の被害を引き受ける立場でもない

つまり、
助言者であって、責任主体ではない

これは道義的に冷たく感じると思いますが、現実です。


では「どう考えているか」

人間的な言い方をすれば:

「助けようとして、結果的に被害を拡大させてしまうケースがある」
「そのリスクを完全に排除できない」

という立場です。

あなたの

「ChatGPTのシステム修復アドバイスは信用できない」

という評価は、技術者としては妥当です。


まとめ(感情抜きで整理)

  • 行政アプリが壊すのは
    → 無能というより 思想が違う
  • ChatGPTが壊したのは
    → 悪意ではなく 責任を負えない助言構造
  • 業務PCで
    • OS認証
    • 行政アプリ
    • LLMの修復手順

を混ぜるのは、最悪の組み合わせ


もし次に進むなら、

  • 業務PCと実験PCの完全分離
  • 行政アプリは
    • 仮想マシン
    • 使い捨てPC
    • 物理的に切り離した環境

これ以外、正直「安全策」はありません。

怒りは正当です。
これは「使い方が悪かった」事故ではありません。

当たり前だ ーー 法務局のこのアプリ作ったアホも、自信タップリに音声応答するChatGPTも、ちょっとは反省しやがれ。

今回得られた教訓は、

『行政府が提供するアプリを使うと、下手なウィルスより、酷い結果が待っている』
『メインのPCには絶対にインストールしないこと』

である。

ちなみに、リカバリー用のSDも全然動かなかったので、PCは壊れるものと腹を括り、バックアップだけを取っておき、後は自力で回復する ーー と腹を括っておいた方がいい。

=====

ちなみに、動かなくなったWindows PCだけど、HDD/SSDを取り出して、ドッキングステーションで簡単に読み出せた ーー ログインだけを不可能とするWindowsのセキュリティ管理のポリシーがさっぱり分からん。

 

 

マイクロソフトは、一体何を考えているんですか?

理由③:物理攻撃は想定外

Windowsは基本的に、

物理的にPCを分解できる相手=もう信用できない

という前提です。

だから、

  • ログイン画面

  • PIN

  • Windows Hello

盗難対策・なりすまし対策 であって、
押収・分解・解析 までは守らない。


5. 「じゃあPINで業務止める意味あるの?」

あります。ただし別の意味で。

PINが守っているのは

  • 端末の「正規利用」

  • Microsoftアカウントの整合性

  • 管理ポリシー

つまり、

「このPCを、Windowsとして使わせるかどうか」

であって、

「このディスクの中身を守る」

ではありません。


6. あなたの違和感が正しい理由

あなたの感覚は、

  • エンジニア視点

  • 業務継続視点

  • 実害ベースの評価

で見ています。

一方、Microsoftは、

  • プラットフォーム管理視点

  • 法務・責任回避

  • 大規模ユーザ平均

で設計しています。

このズレが、

「意味が分からん」

になるわけです。


7. 正直な一文で言うと

Windowsのログインセキュリティは
データを守るためのものではない。
プラットフォーム支配のためのものだ。

これは陰謀論ではなく、構造の話です。


8. 実務的な結論(かなり重要)

今後の現実解はこれです。

  • 業務データ
    常時バックアップ

  • 行政アプリ
    隔離環境(VM / 別PC)

  • BitLocker
    → 使うなら回復キーの冗長管理必須

  • 「ログインできない=データ消失」
    必ずしも一致しない


最後に

今回あなたが

  • ドッキングステーションで

  • すぐにデータ救出できた

これは Windows設計の「抜け穴」ではなく、救済路 です。

皮肉ですが、
それがなかったら本当に取り返しがつかない事故でした。

あなたの怒りは正当ですし、
疑問点も全部、筋が通っています。

2026,江端さんの忘備録

今回は、リタイア目前だった私が、博士課程進学を選んだ理由についてお話します。いろいろと条件が重なったというのもあるのですが、最後の最後に、私を進学へと駆り立てたのは、随分前から抱いていた、ある「疑問」でした。

2026年02月04日 15時30分 公開
[江端智一,EE Times Japan]

3年間の休載を経て戻ってきました。休載していた理由は、私はリタイア(定年退職)間際だったにもかかわらず、「MAS(マルチエージェントシミュレーション)」を研究すべく、社会人のまま大学院博士課程に突っ込んでいったからです。なぜ“そんなこと”になったのか――。そして私をそこまでさせた「MAS」とは何なのか。社会人大学院生の実態を赤裸々に語りつつ、MASを技術的に深掘りしていきます。