小学校5年生の娘がテレビを見ながら『無罪って何?』と聞いて、私は少し考え込みました。
そろそろ、『無罪とは悪いことをしていないこと』というのが、正しくない概念であることを教えても良い時期だと感じたからです。
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『ある人が麻薬を家に隠し持っていました。お巡りさんが、この家の窓ガラスを割って、家の中を探して、この麻薬を発見しました。それを証拠として、その人を逮捕しました。この人は有罪になるでしょうか』
『なるでしょう?』
『100%無罪になります』
『どうして』
『法律的に正しい手続で行われていない捜査では、有罪にできないから』
ここで嫁さんが割って入ってきました。
『麻薬を所持していたことは明かなんでしょう』
『うん』
『それでも無罪になるの。減刑されるくらいじゃないの』
『駄目。適法に取得した証拠でなければ、裁判所は採用できないし。お巡りさんが、捜査令状を裁判所から貰っていれば、問題なかったんだけど』
だから、無罪とは悪いことをしていない、ということではないことを説明しました。
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『じゃあ有罪か無罪は、誰がどのように決めるの?』
『原則として、裁判官が自分の判断で、勝手に決める』
『え!? そんなの困るじゃん。裁判官が、「この人、なんとなく嫌」って思ったら、誰でも有罪にできるの?』
『裁判は、そういうものだから。「自由心証主義」というんだけど。ただ、刑事事件だけは、自白*だけ*では有罪を認定できないという例外はある』
『・・・』
『しかし、刑事事件についても、証拠についてはその有効性が良く分からん場合は、やっぱり裁判官の主観だけで決まるという面はあると思う』
だから、有罪が悪いことをしていること、とは言い切れない、ということも説明しました。
ちょっと早いかな、と思ったけど、まあ良い機会でしたので。
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人生において誰も彼もに、愛想よくする必要はないのです。
家族にも、友人にも、彼氏との最初のデートの時でも、結婚式のウエディングドレスに身を包んだ時でさえも、その気がないなら笑顔を見せる必要はありません。
「最高の笑顔」は、被告席に立ったときに向き合う、裁判官に対して*だけ*、見せれば良いのです。