ご提示の 3 記事(MATSim の network.xml / plans.xml / config.xml の内容を解説したもの)と,あなたの自作シミュレータ EBASim の使い方・設定思想を踏まえて,**「使い方/設定方法の違い」**に絞って,両者を比較する。なお,「接触機会・共時空間」のような社会指標の応用部分は今回の比較対象から除く。
比較対象:参照する MATSim 設定のポイント
まず、3 本の記事で説明されている MATSim の設定上の特徴を簡潔に整理する。
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network.xml では、ノード (
<nodes>) に x,y 座標を与えつつも,リンク (<links>) のlength属性はその座標間の幾何距離から自動計算されず,「モデル上の移動距離(コスト/時間計算用)」として明示的にユーザ設定される。 こぼれネット -
つまり、 MATSim では「座標 (geometry)」 と 「移動コスト (topology/cost)」が分離されており,リンク長 (length)、free-speed、capacity などの属性がシミュレーションの本質を決める。 こぼれネット+2こぼれネット+2
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plans.xml では,各エージェント (person) に対して活動 (act) と移動 (leg) を記述し,それに対して link ID を指定することでルート・移動手段を与える。出発地/目的地の座標 (x,y) は指定可能だが,実際の移動経路・時間は link によって評価される。 こぼれネット+1
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config.xml (および MATSim の一般設定) を通じて,モード選択, replanning, シミュレーションパラメータ (容量、速度、スコアリングなど) を制御する。一連の設定ファイルで,交通流やエージェント選好などを統括的に定義し,数値モデルとしての交通/移動解析を行う。 こぼれネット+1
以上が、MATSim の設定方法および使い方(少なくともこの例で解説された network/plans/config の使い方)の概要。
EBASim と上述 MATSim の設定・使い方の違い
以下,EBASim 側の設計思想・使い方と照らし合わせ,MATSim 側との相違を挙げる。
| 観点 | EBASim の想定・使い方 | MATSim (参照設定例) の方式 |
|---|---|---|
| 空間座標および空間意味論 | 実空間(GIS 系)の座標を前提とし,地理的な位置関係・実距離を基本に仮定可能。エージェントは地理空間上で移動/滞在/接近を扱える。 | network.xml で座標を持つが,リンク長 (length) は座標から自動計算せず別設定。つまり「見た目用座標」と「移動コスト用距離 (topology)」が分離されている。 こぼれネット+1 |
| 移動距離/所要時間の扱い | 実測または GIS データから得られた実距離・速度モデルを用いることが可能。地理空間を忠実に反映した移動時間・移動距離評価が可能。 | link.length + freespeed/capacity によってコスト計算。座標系とコスト系が分離されており,「見かけの地理的配置」と「実際の移動コスト」が一致するとは限らない。 こぼれネット+1 |
| ネットワーク構造と拡張性 | 必要に応じて実空間上に任意の網 (道路、歩行網、公共交通網 など) を GIS ベースで構築可能 — 地理的整合性を維持しやすい | ネットワークは node–link による有向グラフ。リンクは抽象化されており,曲がりくねった道路や複雑な街路でも “1 本 link に集約” 可能。空間の忠実な再現は必ずしも想定されていない。 こぼれネット+2こぼれネット+2 |
| モード/行動の柔軟性 | 歩行、公共交通、自転車、移動+滞在、接近/共時空間など、単なる移動だけでなく、より多様な行動を地理空間・時間軸で柔軟に扱えるよう設計可能 | 主に移動 (leg) と活動 (act) → 移動=リンク経由、活動=リンクまたは座標指定。モード (car, pt, walk など) は指定可能だが、空間の詳細な滞在や接近、滞在中のふるまい (歩行分布の細かな拡がりなど) は想定されていない/抽象化されやすい。 こぼれネット+1 |
| 設定の扱いやすさ/明示性 | GIS データや実測データをそのまま取り込むことで、現実の街区構造や居住配置、公共交通網、施設配置などを反映しやすい。エージェント属性・行動履歴などを個別に扱う設計も可能。 | network/plans/config を XML で手動設定。リンク長・速度・容量などを明示的に与える必要。幾何とコストを明示分離する思想ゆえに、現実地図とのズレが起きやすく、その扱いには注意が必要。 こぼれネット+1 |
| シミュレーション目的 | 地理空間的・個人属性ベースの柔軟な分析 — 移動だけでなく滞在・活動、さらには人-人接近や共存/共時空間などへの拡張も可能 (ただし今回比較対象から除外) | 交通流・移動パターン・モード選択・経路選択など交通需要・供給のミスマッチや均衡状態を分析する定量交通モデル。効用やコストを前提としたルーティング/再計画 (replanning) を通じた政策評価などに強み。 こぼれネット+2こぼれネット+2 |
| 再計画 (Replanning) や行動変更 | EBASim の設計次第で,エージェントの行動変更や再選択を柔軟に実装可能 — ただし必須ではない。あなたの研究では,むしろリアルな属性と行動を重視する方向。 | MATSim の典型的な機能。plans.xml + config で,エージェントはルーティングやモード選択を反復 (iteration) により最適化 (あるいは収束) させる設計。 こぼれネット+2こぼれネット+2 |
| 可視化 / 出力データ | 実空間座標を保持することで,GIS 解析や地図との重ね合わせ,様々な空間解析 (密集・分布・滞在解析など) に適合 | シミュレーション中の移動・流量・混雑・所要時間等を数値データ (events, linkStats, plans など) で出力。可視化機能は補助的 (OTFVis 等) で,本質は数値モデル。 こぼれネット+2こぼれネット+2 |
なぜこの違いが生じるか — 設計思想の根底の差
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MATSim は 「交通ネットワーク+需要/供給モデル」 によって都市交通の需給バランス、フロー、混雑、均衡を分析する 数値交通モデル。link の長さや容量、速度を明示設定することで,「理論的に扱いやすい離散イベントモデル」を実現する。上記記事でも,「座標は主に可視化や割当・割り当て用インデックス」「移動距離/時間は link.length / freespeed によるコストモデル」と明言されている。 こぼれネット+2こぼれネット+2
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一方で EBASim は,あなたの研究目的(地域の住民接触機会・共時空間・社会的構造の把握)により適するよう 地理空間の忠実再現性と個人エージェントの多様性を重視する設計。つまり,交通流「だけ」を扱うのではなく,「人の移動・活動・滞在・接近」という広い意味での社会的動態を前提するため,MATSim のような “抽象交通ネットワーク + 最適化/再計画” に依存する設計では必ずしも十分でない。
この根本思想の差が,「使い方」「設定方法」「得られるアウトプット」「強み/弱み」の違いとして現れている。
この比較から得られる、EBASim を選ぶ/使う際の優位性と留意点
✅ 優位性・適用しやすさ
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地理的に現実の街区や施設配置、人口分布をそのまま取り込めるため、実際の地域特性を反映したシミュレーションが可能。
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移動 + 滞在 + 接近 (将来的に) といった 複合的社会動態を扱える設計に適応しやすい。
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エージェントごとの属性や行動の多様性を保持できるため、 個別エージェント分析 や 属性別・世代別分析 に強い。
⚠️ 留意すべき点
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GIS データ取り込みや空間データ整備,エージェント属性設計などが必要になりやすく,データ準備の手間・コストが増大。
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ネットワークの設計、移動モード、行動モデルを自前で実装する場合,設計・検証が複雑になりやすい。
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交通流の均衡や大規模ネットワークでのフロー分析 (ピーク時混雑, ボトルネック, network-wide 需要分析など) には、MATSim のような数値モデルのほうが向いている可能性が高い。
結び
ご提示の MATSim の network/plans/config に関する解説記事で明示されているように、MATSim は「座標 (geometry)」と「移動コスト (topology/cost)」を意図的に分離する設計思想である。 こぼれネット+2こぼれネット+2
一方で、あなたの EBASim は、地理空間の忠実性と個人エージェントの多様性を重視する設計を可能にする。
この違いをはっきり認識したうえで、用途 (交通流の均衡 ≒ マクロ交通政策評価 vs 地域住民の行動・接触構造 ≒ ミクロ・社会構造分析) に応じてどちらを使うかを選ぶべきである。
EBASimではなくMATSimを使った方が良いケースを記載して下さい
以下では,「EBASimよりも MATSim を使った方が合理的なケース」を,思想ではなく実務・研究上の判断軸として整理する。
(EBASimの優位性を否定するものではなく,「使い分け」の明示が目的。)
1. 広域・大規模交通需要を扱う場合
MATSim は数万~数百万エージェント規模を前提に設計されており,
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都市全体
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首都圏・広域通勤圏
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都市間ネットワーク
といったマクロスケールの交通需要・供給バランスを扱う場合には,MATSimの方が安定している。
EBASim は空間意味論(実空間性)を重視するため,この規模では計算量・データ準備の観点で不利になる。
2. 「交通量・混雑・遅延」が主成果指標の場合
以下が研究・業務の主アウトカムである場合は,MATSimが適している。
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リンク交通量
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ボトルネック分析
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渋滞発生・解消過程
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所要時間短縮量
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遅延時間の総量評価
MATSim は「交通を流体に近い存在」として扱うことに最適化されており,
人と人の関係性を捨象する代わりに,交通流に特化している。
3. 政策評価が「既存交通工学の文脈」に置かれている場合
以下のようなケースでは MATSim の方が説明コストが低い。
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行政・自治体向け報告
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交通計画・需要予測業務
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コンサル案件
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交通工学系査読論文
理由は単純で,
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MATSim は実績が多い
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引用可能文献が豊富
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レビューア・発注側に「わかる」
EBASim が扱う概念(人中心・空間意味論)は,評価者側の理解コストが高くなる。
4. Replanning(反復最適化)が研究目的の場合
MATSim は,
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経路選択
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出発時刻選択
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モード選択
を反復計算(iteration)によって収束させる仕組みを標準装備しており,
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利用者が「賢くなる」過程
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均衡解の探索
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利用条件変更への適応
といった 「合理的選択の収束過程」 を見る研究には向いている。
EBASim は観測された行動の再現を重視するため,
「人が最適化する」という仮定そのものを置かない場合が多い。
5. ネットワーク構造を大胆に抽象化したい場合
MATSim では,
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曲がりくねった道路
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複雑な街路網
を 1本の link に潰す ことが許される。
これは,
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理論検証
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感度分析
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仮想ネットワーク設計
において非常に強力であり,「実地理との対応」を捨てられるケースでは MATSim の方が自由度が高い。
6. 「人」ではなく「需要」を扱いたい場合
研究対象が実質的に
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OD 行列
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時間帯別需要
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モード別シェア
であり,
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個人属性
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個人行動履歴
が本質でない場合,MATSim の設計思想の方が自然である。
EBASim は「個人差を保持すること」が前提なので,
そこを使わないならオーバースペックになる。
7. 既存ツール・資産との互換性を重視する場合
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OpenStreetMap → MATSim network
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既存 MATSim 拡張(pt, drt, freight など)
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既存の post-processing パイプライン
を流用したい場合,MATSim を選ばない理由はほぼない。
EBASim は目的特化型であるがゆえに,汎用資産の再利用性は限定される。
まとめ(判断基準の一文要約)
「交通を流したい」「均衡を見たい」「広域を扱いたい」なら MATSim,
「人を残したい」「空間を意味として扱いたい」「接触や滞在に拡張したい」なら EBASim
博士論文においては,
**「EBASimを選んだ理由」だけでなく,「MATSimを意図的に選ばなかった理由」**が明確に書ける状態になっている。
この節はそのまま
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既存研究との差分説明
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ツール選択の正当化
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手法の限界と適用範囲
として使用可能である。