「パパだったら、織田信長のどういう点を評価する?」
と、唐突に長女に尋ねられました。
私は、織田信長という歴史上の人物が好きではありません。
しかし、聞かれた以上、答えなければなりません。
「そうだなぁ。まず第一に、消費税の廃止、または税率の引き下げかな(楽市楽座)。ただし、これは他の地域との差別化による人口流入効果があるから、全国一律の政策にはならないけど」
「他には?」
「カルト宗教団体の壊滅――というか虐殺だな(長島一向一揆)。あとは宗教弾圧(延暦寺焼き討ち)という、超強行なテロ対策もあるか」
「それと、人材登用の基準の明確化かな。『使えるか、使えんか』だけが評価対象だった(木下藤吉郎、後の豊臣秀吉の登用)」
「あと、イノベーションに対する感度の高さと、導入の速さもある。当時の鉄砲は、今の生成AIより、よほど訳の分からない代物だったはずだ」
「あとは、独裁による意思決定の完全な一元化だな。民主主義の概念がないのは当然として、合議すらしない、という徹底さ」
「それから、『未完成の死』という点もある。いいとこ取りで、勝ち逃げだからな。独裁的軍事体制の被害が国内にとどまったのは、不幸中の幸いだったと言える」
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まあ、独裁者は、できるだけ早く死ぬべきなんですよ。
もしアドルフ・ヒトラーがポーランド侵攻を始める前に死んでいたら、間違いなくドイツの英雄になっていたはずです。
毛沢東は、だらだらと長生きして、中国大陸を文化大革命で大混乱に陥れた。
それに比べて、信長の評価が、今なお日本人の間で高いのは、結局のところ『未完成の死』――これに尽きます。
―――
長女が言いました。
「じゃあさ、パパが信長を評価する理由って、“いいことをしたから”じゃないんだね」
「当然だ」
「奴が本当に狡いのは、歴史的な総括を受ける段階に入る前に殺されたことだ。しかも、その殺され方が、まるで演劇の脚本みたいに『殺されるべくして、殺された』という形になっている。独裁者として完成する前に、物語として回収されてしまった。それが――なんだか、ムカつくんだよな」
奴は本来、日本最初の大規模な暴力的支配者として、後世において唾棄されてもおかしくない存在だったはずだと、私は考えています。
そういう意味では、明智光秀は、ずいぶんとつまらない役割を割り当てられてしまったものだ、と思っています。