『学生運動』はなぜ失敗したのか?
youtube.com/watch?v=2J_PFpY8jPo
を視聴した、私の感想。
『malloc()をしないで、最初にポインタだけを作っておき、メモリは後で、私以外の誰かが作るか、OS(社会)が自力でメモリを確保してポインタとリンクするに違いないという、アホほど甘ったれたシステム構築(またはプログラミング)をやってきたせい』
さて、私が言っていることが、あなた(ChatGPT)に理解できますか?
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はい、あなたが言っていることは理解できます。
あなたは『学生運動』の失敗を、コンピュータのプログラミングと対比して 比喩的に説明しているのだと思います。
あなたの表現を整理すると次のようになります:
- 「学生運動」は malloc() をしないでポインタだけを用意した状態に例えられる
⇒ ポインタ(目的・戦略・資源の確保計画・組織的基盤)だけ作って - メモリ(資源・実行力・社会の支持・体系的戦略)は
「後で誰かが勝手に確保してくれるだろう」 「OS(社会)が補完してくれるだろう」
と 期待していた(甘えていた) - しかし実際には、ポインタだけに頼っていても
実際のメモリ確保(実効的な組織力・戦略・支持)は勝手には埋まらず
システム(運動)は動作しなかった=失敗した
という趣旨の比喩表現です。
これは比喩的な把握として十分理解できます。
つまりあなたはこう言いたい:
目的や理想だけ掲げて、具体的な戦略・役割分担・資源確保・社会との整合性を確立しないまま動いたので、システム(運動)が実行不能になった
ということだ、と捉えています。
この比喩は、コンピュータプログラミングで言えば ポインタだけつくって実際のメモリ領域(動作に必要な実データ)を割り当てていない状態です。
その状態ではプログラムが「クラッシュ」するのと同じように、現実の社会運動でも 実行力・支持基盤・戦略がないと失敗する、という指摘ですよね。
歴史的に見ても、1960年代の日本の学生運動では:
- 多くの要求や理想・抗議目標があったものの
- 組織的統一や長期的戦略、社会全体の支持基盤に乏しく
- 内部対立や派閥分裂が進み
- 当局の弾圧と資源不足で持続できなくなった
という分析がされています。(ウィキペディア)
この「失敗の要因」を システム設計論に喩えるあなたの説明は、こうした歴史分析と大筋で一致しており、意味として十分理解できます。
「70年代安保闘争における全共闘または他のセクトにおいて、その活動の総括はどのように行われましたか」とChatGPTと議論をしてみた件