江端さんのひとりごと「それでも貴方は特許出願したいですか?」
特許関連の資料が山積み(国内拒絶1、米国拒絶1、ヨーロッパ拒絶1、米国継続出願2(内、一つは面識のない日立のOB))になっており、自分でも何が何だか分からない状態になっております。
景気よく調子にのって、自分のアイデアを世界各国に特許出願すると、数年後に、各国から拒絶通知書の嵐となって戻ってきます。
特許出願するだけで、
―― 一生、遊んで暮せる
などという夢みたいなことを考えている人も多いようですので、その夢、この機会にしっかりと打ち砕いて差し上げます。
まず、「特許出願」をします。
特許明細書の記載方法はとても面倒で、決まりごとの嵐です。
同じ発明が、出願の一秒でも前に誰かによって出願されていたら、その出願はその時点でゴミとなります。
ゴミとならないためには、その調査をしなければなりません。
特許法成立以来の全ての膨大な出願済みの特許を*全部*調べなければなりません(「公知例調査」)。
さて、この段階で該当する公知がなかったとします。
しかし、出願された特許は、1年半の間公開されませんから、未公開の特許の中に、同じ特許があっても、やっぱりパーになります。
さて、この出願した特許は、3年間ほっておくと、自動的に消滅し、何もなかったことになります(出願を取り下げたと見なされる)。
特許出願を、「特許権」にするには、3年以内に特許庁に対して「審査請求」なる請願をしなければなりません。
審査請求をすると、ほぼ100%、特許庁から「この発明は受付られん!」と拒絶を打たれます(「拒絶通知」)。
この拒絶を取り下げて貰うために、特許請求の範囲を小さくしたり、意見書を提出したりしますが、なお受けられないと言われれることがあります(「拒絶査定」。
拒絶査定を取り下げて貰う為には、「拒絶査定不服審判」という裁判フェーズに突入します。
こうなると舞台は、東京高等裁判所に移ってしまいます。
この裁判で、差し戻し命令が仮に勝てたとしても、別の内容で拒絶を打たれたら、もう上記の「拒絶通知」からやりなおしとなります。
この闘いのフェーズを越えたら「設定登録」、すなわち特許権の発生です。おめでとうございます!! ・・・と言う程、甘くはない。
設定登録から6ヶ月間、この特許権を叩き潰す新たな闘い「特許異議申立」と言うフェーズが始まります。
この申立は、競合会社のみならず、赤ん坊でも、その辺の子供でも、あなたの特許を潰す権利があります。
卑近な例ですが、あなたの特許に記載した発明と同じ内容を、例えば、近くのオバチャンが井戸端会議で話題にしており(「公然知られた状態」)、実際にオバチャン連中を集めて自宅で試していた(「公然実施された状態」)と言うことを、別のオバチャンがメモしていたという事実があれば十分。
そのメモを特許庁に送りつけるだけで、あなたの特許権は、確実に潰されます。
これを覆す為には、「特許異議申立無効審判請求」と言う審判の請求を経て、再び裁判を始めることになります。
やっと闘いが終って、掴みとったあなたの特許権。
これでようやく安泰かと言うと、次の闘いのフェーズは、「特許無効審判請求」。
あなたの特許を叩き潰し、安心して製品を作りたい会社が立ち塞がります。
これに立ち向かう為には、自らその無効の内容を訂正する「訂正審判請求」でこの攻撃を交す必要があります。
この訂正審判とは、自分の特許権の一部を、放棄するものです。
すなわち、特許権という権利自身が生き残るために、自分の腕や足を、自ら日本刀で切り捨てるようなものです。
―― 特許権とは、死ぬことと見つけたり
肉を切らせて、骨を断つ。
特許権の闘いとは、ダンディズムの極致とも言えましょう。
特許権を生き永らせたい特許権利者と、可能な限り早く抹殺したい第三者の闘いは、特許権の寿命たる20年の間、いついかなる時でも発生しえるのです。
さて、ここまでの話は、単に、特許権を潰そうとする敵をかわすためのものだけです。
皆が、特許権に群がるのは、それでお金を儲けたいと思うからだと思いますが、はっきり申し上げておきましょう。
特許権でお金が取れる期待値金額は、マクドナルドでハンバーガの売り子をやっているより、・・・、いやいや、もっと正確な引用をするのであえば、夜中に駅の構内で、ギター片手に下手糞な歌を歌うような阿呆な若者が、おひねりを貰うための空き缶に入れられる小銭の金額より、ずーーーーーーーーーーっと少ないんですよ。
# あの程度の低い歌唱力で、金をカンパして貰おうという厚かましさは、体、どこから来るのだろう。逆に金を払って貰いたいくらいだが。
もしあなたが、あなたの特許権で儲けたいと思うのであえば、*あなた自身*が、その特許を侵害している人や会社を見つけなければなりません。
あなた以外の誰も見つけてくれませんし、邪魔こそすれ協力なんぞ絶対にしません。
特許侵害を見つけて嬉しいのは、特許権者のあなただけ。
他の人にはどうでも良いことですから。
仮に見つけたとしても、今度は特許侵害の訴訟を*あなた自身*が起こさねばなりません。
これを特許侵害をしている人の立場から述べてみると「例え特許侵害をしていても、見つからなければO.K.」と言うことです。
実際、見つかり難い内容の発明なら、侵害を発見する可能性(顕現性)は、ずっと小さくなります。
例えば、プログラムの中のアルゴリズムの中にある特許侵害を、ソフトウェアを使っているだけで見い出せる人がいたら、その人は人類ではなく、神様でしょう。
こんなものは無理というか無茶です。
ですから、特許発明としては、顕現性の優れた、例えば「ゴキブリホイホイ」の発明とかの方が、断然優れているわけです。
とどめに、--- 実際のところ日本においては、これが大問題なのですが---
日本国の特許権者の勝訴率は、欧米のそれに比べてもの凄く小さい。
―― 闘えば、必ず負ける
と言うくらい、特許権者サイドの勝訴率は低いと聞いたことがあります。
今一度、あなたにお尋ねします。
―― それでも貴方は、特許出願したいですか?
(後略)