江端さんのひとりごと「世代の特異点」
江端さんのひとりごと
「世代の特異点」
1998/01/16
「X JAPAN」とは、7年程前に結成したバンドだそうで、嫁さんに訊ねてみると、彼女も何曲か彼らの持ち歌を知っていました。
『ふーん・・・。そんなに有名なのか』とパソコンでネットサーフィンしながら検索をかけてみると、まあ出てくるは出てくるは、熱狂的なファンが作った濃い内容のホームページが多数ヒットし、熱狂的・・・というか、狂信的な内容で、ちょっと引き気味になりました。
そういうカルト的なホームページを差し引いても「X JAPAN」は非常に知名度の高い優れたバンドのようです。独特のな音楽スタイルで一世を風靡し、ティーンエイジャーだけでなく、幅広い世代に渡り熱狂的なファンを多く持っていることがわかりました。
今度、きちんと彼らの曲を聞いてみたいと思っています。
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昨年の年末、30日まで働いていた嫁さんがついに倒れ、大晦日と正月はずっと熱を出して昏睡していました。
このような状態で大掃除など出来よう訳も無く、私は嫁さんの枕元に氷水の入った洗面器を置いて、時々彼女の額の濡れタオルを換えつつ、その合間に部屋や車の掃除をして、しめなわや鏡餅を買いに行き、夕食の手巻き寿司の準備と年越しそばを作っているうちに、いつの間にか年を越してしまいました。
31日の大晦日、私は、寝込んだ嫁さんの横で、部屋中をどたばた走り回っていて、その部屋のテレビは一日中スイッチオンの状態のままになっていました。
おかげで、テレビ局のニュースを何度も聞かされることになりました。
テレビ局の人間は、東京上野のアメ横と老舗の蕎麦屋の生中継をすれば大晦日のニュースは事足りると考えているようです。視聴者の安易な刷込みの上で、ろくな企画を立てずにすごせるマスコミとは、実にうらやましい職業です。
そのニュースの合間にキーワードとなる2つの芸能情報がありました。
それが、「アムロ休業」と「X JAPAN解散」でした。
アムロとは、アイドル歌手の「安室奈美恵」であることは知っていたのですが、「X JAPAN」の方は全くわかりませんでした。
私がその時すぐに思ったことは、『UNIXのXウインドウの日本語対応版(*1)なんぞに ソフト技術者以外の一般人がなんで興味があるのか?』と言うことでした。
ずいぶん前から不思議に思っていて、『X JAPAN解散!』と騒がれた時、「『Xのサポート中止』の間違いじゃないか?」と首をかしげていました。
これがミュージックバンドのバンド名であるのを知ったのは、大晦日のニュースで「X JAPAN解散コンサート」を見た時です。
(*1) ktermとかxjptermのことかと思っていた(本当)
中継の解散コンサート会場には、ディープな化粧のOLのお姉さんや、知性とはあまり御縁を感じさせない一世代前のヤンキー風のお兄さん、無理があるんだから止めた方がいいのにな、と余計な気を遣わせてしまうサーファ風のおじさんや、尖った金属を多数装着した皮製のジャンバーを着た「お姉さん」と呼ぶには若干無理のある女性の方々が多数集まっていました。
もちろん、普通のカジュアルな服装の方も多かったのですが、コンサート会場に、わざわざ学校の制服や、特攻服なんぞを着てくるティーン達は、やはり「世代の特異点」と言う気がします。
レポーターが、開演を待っている人たちにインタビューをしていました。
『きゃ~、これテレビぃ?』と言いながらピースサインをする女子高生たち。せっかく世代の特異点として認められているのだから、もっとアバンギャルドなアクションを、自ら開発して欲しいものです。
『X JAPANのいいところ?サイコ~って感じぃ?!』
質疑応答の体をまるで成していません。
私としてはこのミュージックバントについて知りたいのであるが、これでは情報が何もありません。
だいたいテレビ局のレポーターがなっていないと思います。
質問に対して、コンパクトかつ的確な表現でまとめ、テレビの向こうの視聴者に適切な情報を送り込むことができる知性と教養にあふれるX JAPANのファンの人を見つけて、インタビューすべきなのです。
マスコミが、世代の特異点に媚びるのは仕方ないとしても、視聴者にまで迷惑をかけるのは良くないと思います。
次のインタビューは、いわゆる「ヤンキー座り」をして暴走族の集会そのものの状況で集まっているティーンの女の一群の一人。
特攻服には「YOSHIKI命」と書かれていました。
特攻服といえば、私は暴走族と言う奴等が死ぬほど嫌いです。
私自身もライダーで、バイクの魅力と危険は骨身に染みて分かっていますが、私に関係のない所であれば、好きなだけ暴走してくれればいいし、喧嘩でも殺し合いでも好きなだけ思う存分やって、とっとと逝ってくれて構いません。
私が許せないのは、深夜に爆音を撒き散らしこの『私』の安眠を妨害することです。
正月の深夜、アパートの真横でマフラーはずしたバイクのエンジンの爆音で叩き起こされ、新年から怒り心頭に達しております。
早朝覚醒型不眠症の私を深夜に叩き起こす全てのものを、私は『敵』と認識します。
閑話休題。
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知性のなさそうな舌っ足らずな口調のしゃべりかたと、お世辞にも可愛いとは言いかねる顔にべったり化粧を塗った面は、それだけで私の生理的な嫌悪感を「ばしばし」と刺激しました。
『ヨシキはぁ、自分のことぉ、ちゃんとぉ分かっている奴だからぁ、やっぱぁそういうこと、きちっとしてるしぃ!』と言い放つと、(お前らには分かるまいがよお)と言う尊大な目をして、カメラの方を睨み付けていました。
それを聞いた瞬間、私は、久々に自分の中で『ブチッ』と切れる音をききました。
・・・おい、女(アマ)・・・。
私は、掃除機を持っている手を止めて、テレビの画面を直視しました。
・・・おまえは、(多分X JAPANというバンドのメンバーの一人なんだろうが)その、「ヨシキさん」と言う方と友人なのか!
お前がどう思っているか知らんが、その「ヨシキさん」はお前のことなんか、髪の毛ほどにも知っちゃいないぞ!!
(よくわからんが)その「ヨシキさん」は偉大なアーチストなんだろうが!?
お前ごとき暴走族ふぜいが、友人のようにタメ口きいて偉っそうにするんじゃねえ!!
この身の程知らずがぁ!!!
私は久しぶりに、体中に怒りのアドレナリンが満たされるのを感じていました。
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しかし、程なくそれがすぐに引いていくのを感じて、自分でも意外な感じでした。
そうです。
私はよく分かっていたのです。
「若さ」というのは、「愚かさ」と同義であるということを。
アイドルの歌っている歌を、自分だけに送られたメッセージのように受け取ってしまう愚かさ。
年に何回もないコンサートのチケットを、文字どおり命がけで入手し、アーチストが観客席に向かって呼びかける言葉だけで、そのアーチストの人格を全て理解してしまったかのように思い込む愚かさ。
そして、夜になれば、その憧れのスターとデートしたり結婚したりする妄想の中で、安らかに眠りついていく愚かさ。
はっきり言って、馬鹿です。
新興宗教にずっぽりはまってしまったり、過激な思想を礎とする過激派や、非合法の暴力を生業とする団体に入って行ってしまう奴が多いのも、そして、好きになった人をその人の意志を無視して追い回す馬鹿さ加減も、やはり「若さ」がなせる恐るべき業(わざ)です。
私は、気の狂った教祖を抱えた宗教団体が、地下鉄にシアン系の毒ガスを撒き散らして4000人もの人間を殺傷する被害を与えた事件を、今でもはっきりと覚えています。
そしてその実行グループが、私と同じ年齢くらいだったことを忘れることができません。
『人を殺めてはならない』と言う社会の一般的公理すら、若さゆえの柔軟な受容体を持ったが為、簡単に歪(いびつ)な宗教思想で捻じ曲げられてしまった彼ら。
駅前に掲げられている指名手配の看板に載せられている彼らの写真は、もしかしたら私だったかも知れないのです。
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(ヨシキのことなら何でも分かっている)と思い込んでいるこの特攻服の女は、己の馬鹿さ加減を全国に知らしめてしまいました。
彼女は、いずれ自分の浅はかな愚かさに気がつき、それを思い出しては恥ずかしさのあまり叫びだしたり、部屋の中を転がり回るようになるのかも知れません。
「若さ」故の「愚かさ」の特権を使ってしまった者たちは、その大いなる負の財産として「恥ずかしさ」という苦痛を一生引きずっていかねばなりません。
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しかし、「世代の特異点」たちが、その資質である「愚かさ」を発揮できる時間はきわめて短いのです。
そして、彼らが「愚かさ」を全開できるということは、この国が「愚かさ」を許容する余裕があるということです。
ある年になったら、例外なく軍役につかねばならない国があります。
女性が肌を見せることを法で禁じている国もあれば、市民が犯罪者を石を投げて殺すことを奨励する国もあります。
成人することが一つの奇跡とされる、小児死亡率が極めて高い国もあります。
この国は、有能とはいいかねる為政者と、既得権の確保に終始し汚職にまみれた官僚に支配され、不動と思われた経済基盤もそろそろ真面目にやばい状況です。
ですが、『ヨシキのことを何でも知っている』と思い込んでいる馬鹿な若者の存在を許せる程度には、この国はまだまだ余裕があるんだと思います。
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銀行がつぶれ、円が高騰し、金融機関が破綻し、日立がつぶれても大丈 夫。
東京にマグニチュード8程度の直下型地震が直撃し、首都機能が完全に破壊されても、心配いりません。
北朝鮮が自己崩壊し、そのついでに近隣諸国にやけくそのような戦争を仕掛けたって、まだまだ行けます。
しかし、「世代の特異点」達の望みが、『ヨシキのお嫁さんになること』ではなく『世界平和』なんぞに変わった時・・・・
その時、この国は本当に終わりです。
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