私的な見解ですが ―― 現在のアカデミズムに決定的に欠けているのは『思いやり』なんじゃないかなぁ、と思うのです。
昨日の話の続きなります。
This is a continuation of yesterday's story.
最近の私は、論文の山と格闘中なのですが、正直かなり腹を立てています。
I am wrestling with a stack of papers these days, and to be honest, I am quite angry.
―― なんでお前ら、言葉だけで説明しようとするんだ
"Why do you guys try to explain with just words?"
と。
私、"他人の論文"を説明するのに、わざわざ自分でこんな図を作っています。
I went to the trouble of making this diagram myself to illustrate "someone else's paper".
『これって、そもそも、お前(執筆者)が作るものだろう』と思うのです。
I think, 'This is the figure you (the authors) would make in the first place.'
私には、「論文の理解を読者の力量にぶん投げて、読者に近づこうとする努力を怠っている」ように見えるんですよね。
To me, it looks like "the author is making no effort to approach the reader, leaving the reader's understanding of the paper out"
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(私のコラムをご覧頂いている方は、ご存知かと思いますが)、私、自分の執筆する文章には、非常識な程の多くの(紙面の50%超)図表や写真を張りまくっています。
If you have been reading my columns, you may know that I cover an insane amount of my writing (over 50% of the paper) with charts and photos.
今年、ほとんど口語調のコラムの形式で投稿した論文を執筆しました。
This year, I wrote a paper that I submitted in the form of a mostly spoken column.
『これでリジェクト(却下)されたら、それでも構わん』という気持ちで、寄稿したのですが、ありがたいことに、論文賞を貰いました。
I contributed my paper with the thought, "Even If rejected, I don't care," but thankfully, I received a paper award.
私的な見解ですが ―― 現在のアカデミズムに決定的に欠けているのは『思いやり』なんじゃないかなぁ、と思うのです。
In my opinion -- I think that what is definitely lacking in academia today is "compassion".