『英語の勉強や英語力の増強に命をかけている』ように見える人がいます。
Some seem to 'put our lives on the line to study and improve our English.
そのような人たちにとって、スマホアプリによる最近の翻訳生成AIサービスは、不愉快なものに感じるのだろうか、と考えることがあります。
I wonder whether such people would find the recent translation-generating AI services via smartphone apps objectionable.
それ以上に、英語教育や、英語でのサービスを提供するサービスの現場にいる人は、今、何を感じているのだろう、そして、自分の職を守る為に、どんな論理武装をしているのだろうか、と、興味があります。
More than that, I am interested in what those in the field of English education and the services that provide services in English are feeling right now and what kind of logical armament they have to defend their jobs.
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『AIとスマホがあれば、外国語はいらない』という仮説があります。
There is a hypothesis that 'if we have AI and smartphones, we don't need foreign languages.
私は、現時点で、確信をもってこの仮説の採択/棄却ができていません。
I cannot adopt/reject this hypothesis with certainty at this time.
いちおう「採択」の方向はこちら。
Click here for directions to "adopt."
「棄却」の方向は、この辺ですね。
So this is where the "reject" comes in.
『日常的な英会話ができて、外国人の案内に支障がない程度の英語力』とのフレーズが一つでも入っていたら、『バイトは全く集まらなかったに違いない』と、私は確信しています。
サンデル教授と米国の学生が「英語」でしゃべっているのは当然として、中国の学生も全員「英語」でしゃべっていて、日本の学生だけが「日本語」でしゃべっていました。
この仮説の実証実験をしている人が、実験をやめてしまった件については、こちら。
Click here for more information about the person who is testing this hypothesis and has stopped experimenting.
私は、この「自らを被験者とした社会実験」の結果を期待していたのですが、どうやら、本人は、この実験から「降りて」しまったようです。
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最近、次女が、中国出身の学生と組んで研究をすることになったそうです。
Recently, I heard that my second daughter is working with a student from China on a research project.
しかし、コミュニケーションで、色々と苦労しているみたいです。
But with communication, she seems to be having a lot of trouble.
『スマホで会話すればいいんじゃないの?』と、尋ねてみたのですが、どうやら、会話というのは、デバイス(スマホ)を介すると、上手く流れないらしいようです。
'Why don't we just have a conversation on our phones?' I asked, but conversations do not flow well through a device (smartphone).
まあ、なんとなく想像できます。
Well, I can sort of imagine.
会話というものは、意義のある内容だけでなく、「どーでもいい話」が重要です。
Conversation is not only about meaningful content but also about "whatever you want to talk about.
これは、経験からでも分かることですし、学術的にもがっつり証明されていることです(ソーシャルキャピタルとか、ウェルビーイングとかいうものです)。
We know it from experience and robustly prove it in academia (social capital, well-being, etc.).
話者が『デバイス(スマホ)が介在していることを忘れてしまうくらい』の、リアルタイムコミュニケーション対応のアプリが登場すれば、案外、「あっさり」と解決するかもしれませんが。
If an application that supports real-time communication appears, in which the speaker "forgets that a device (smartphone) is involved," we solve the problem more quickly than one might think.
「そんなもんが簡単に登場してくるか!」 ―― と、以前のように断言できないんですよ。最近のAI技術を見ていると。
'Such things don't just appear as easily as they used to!' -- and I can't be as definitive as I used to be. I'm looking at recent AI technology.
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また、現在の、外国観光客のオーバツーリズム対応で、飲食店が悲鳴を上げている状況も見えてきました。
I also saw the current situation in which restaurants are screaming in response to the over-tourism of foreign tourists.
「英語がまったくダメな零細飲食店」というのは、責められる対象ではありません。
A "small restaurant with no English" is not an object to blame.
日本人の英語への膨大な投資と、それに対する、しょぼいリターンについては、私が、こちらで山ほど論じてきました。
I have discussed the massive investment in English by the Japanese and the meager return on that investment many times here.
私たちは、英語に愛されていないのです。
The English language does not love We Japanese.
これは、努力とかコストとか、そういう次元で語ったらダメなものなのです。
We cannot discuss this issue regarding effort, cost, or any other dimension.
数学の方程式のメタファを使うのであれば、「英語力」というのは"定数A,B"であって、"変数x,y"ではないからです(もっと分かりにくくなったかな?)。
If I use the metaphor of a mathematical equation, then "English proficiency" is a "constant A, B" and not a "variable x,y" (Could it be any more confusing?).
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という訳で、「AIとスマホがあれば、外国語はいらない」仮説は、現時点では採択できないようです。
Therefore, the hypothesis that "with AI and smartphones, we don't need foreign languages" seems unadoptable now.