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私は、演劇やコンサート後に行われる、予定調和的なアンコールが嫌いです。これにはどういう(歴史的)背景があり、どういう意味があるのか、論理的に説明して下さい。

予定調和的なアンコールには、演劇やコンサートの歴史的背景と社会的慣習が関係しています。以下にその背景と意味をロジックで説明します。


1. 歴史的背景

  • アンコールの起源
    アンコールは、18世紀頃のヨーロッパで始まったとされています。当時、観客が特に感動した演目や曲に対して「もう一度演じてほしい」という意味で声を上げたことが起源です。これがやがて公演の一部として定着しました。
  • 予定調和化の過程
    時代が進むにつれて、観客がアンコールを求める声を上げるかどうかに関係なく、あらかじめ演者やプロデューサーがアンコールを用意するようになりました。これは以下の要因によります:

    • 商業主義の影響:観客の満足度を高め、次回の集客につなげるための演出。
    • 文化的期待:観客が「アンコールは当然あるもの」と期待するようになったため、求められなくても提供されるようになった。

2. 社会的意味

  • 観客と演者の儀式化された交流
    現代のアンコールは、観客と演者の「最後の交流」としての象徴的な意味を持っています。予定調和的であっても、形式的に「もう一曲」や「最後の挨拶」を行うことで、演者と観客の間に「公演が成功した」という共通認識が生まれます。
  • 期待と満足感の提供
    予定調和的なアンコールは、観客に「特別なサービス」を提供しているように見せる効果があります。観客は「お得感」や「予想を超える体験」を得たと感じるため、満足度が高まる傾向があります。

3. ロジックによる評価

  • 予定調和の利点
    • 演者と観客の双方が心地よく公演を終えるための「安全装置」として機能。
    • 演者のスケジュール管理がしやすくなる(アンコールが事前に計画されているため)。
  • 予定調和の欠点
    • 本来のアンコールの意味である「特別感」や「観客からの熱狂的な要望」が失われる。
    • 一部の観客には「形式的すぎる」と感じられ、演出の誠実さに疑念を抱かせる。

結論

予定調和的なアンコールは、演者と観客の関係性を円滑にし、商業的成功を支えるための歴史的・文化的産物です。しかし、その形式性が本来の感動を薄める可能性もあります。この背景を理解すると、予定調和的なアンコールが一種の「慣習化された演劇の締めくくりの儀式」であることが見えてきます。

 

 

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VMAF(Video Multi-Method Assessment Fusion)は、動画の品質を評価するための指標で、主にFFmpegなどのツールを使用してローカル環境で計算されます。しかし、オンラインでVMAFスコアを計算できるサービスも存在します。

例えば、「VMAF-on-browser」は、ブラウザ上でVMAFスコアを計算できるオンラインツールです。このツールを使用すると、ソフトウェアのインストールや設定を行わずに、手軽に動画の品質評価が可能です。

使用方法:

  1. ウェブサイトにアクセス:
  2. 動画ファイルのアップロード:
    • 「Reference Video」と「Distorted Video」の欄に、それぞれ元の動画ファイルと品質を評価したい動画ファイルを選択します。
    • 対応する動画形式は、mp4、webm、mkvなどです。
  3. VMAFモデルの選択:
    • 「VMAF Model」のドロップダウンメニューから、使用したいVMAFモデルを選択します。
    • 一般的にはデフォルトのモデルで問題ありませんが、特定の用途に応じて他のモデルを選択することも可能です。
  4. 計算の実行:
    • すべての設定が完了したら、「Compute VMAF」ボタンをクリックします。
    • 計算が開始され、完了するとVMAFスコアが表示されます。

注意点:

  • アップロードする動画ファイルのサイズや長さによって、計算時間が変動します。
  • ブラウザの性能やインターネット接続状況によっては、処理が遅くなる場合があります。
  • プライバシーや機密性の高い動画をアップロードする際は、セキュリティに十分注意してください。

このオンラインツールを活用することで、ローカル環境での設定やインストール作業を省略し、迅速に動画の品質評価を行うことができます。

 

 

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NHKの「解体キングダム」という番組がありますが、この番組構成と同じような形態で、人生の終りを計画・実行する「終活キングダム」を考えて下さい。

「終活キングダム」というテーマに基づく番組構成を提案します。この番組は、視聴者に終活(人生の終わりに向けた準備)についての具体的な手順やアイデアを提供することを目的とし、解体キングダムのようにプロジェクト形式で進行します。


番組タイトル

終活キングダム ~人生の最終章をデザインする~


番組構成

1. オープニングセグメント

  • 番組のテーマを簡潔に紹介。
  • 視聴者が抱える「終活」への不安や課題を映像やインタビューで紹介。
  • 「今日のプロジェクト」を発表。例えば、遺品整理、生前契約、デジタル遺産の管理、終活イベントの準備など。

2. プロジェクト開始

  • 番組ホスト(終活コンサルタントや専門家)が登場し、具体的なゴールを設定。
    • 例: 遺品を整理し家族に思い出を伝える、デジタルデータの整理とメッセージ作成など。
  • 専門家チーム(弁護士、遺品整理士、ライフコーチ、医療関係者)がプロジェクトをサポート。

3. ドキュメントパート

  • 実際のプロジェクト遂行の様子を追う。
  • プロジェクトの対象者(高齢者やその家族)が抱える感情的な葛藤や課題を描写。
  • 専門家が終活のアイデアや技術的なノウハウを提供。
    • 例: 家族とのコミュニケーション方法、効率的な整理術、法的手続きの解説。

4. エモーショナルセグメント

  • 家族や親しい人々との会話や手紙の準備など、感動的な場面を挿入。
  • 視聴者が共感できるように、実際の人生エピソードを共有。

5. プロジェクトの完成

  • 成果を視聴者に報告。
  • 例: 整理された家、メモリアルビデオ、生前葬の準備が整った様子などを紹介。
  • 対象者の感想や心の変化を語ってもらう。

6. エンディングセグメント

  • 番組を通じて得られた知識や視点を総括。
  • 視聴者に向けたメッセージとして、「今日から始められる終活リスト」を提供。
  • 次回予告: 他の終活テーマ(墓じまい、老後資金計画、友人へのメッセージ作成など)。

特徴

  • ビジュアル重視: 解体キングダムのようにビフォー・アフター形式を取り入れ、視覚的な変化を楽しめる構成。
  • 専門家の知識を凝縮: 終活のプロフェッショナルが分かりやすくアドバイス。
  • 心に響く物語性: 感動的な人間ドラマを通じて、終活への前向きな姿勢を啓発。
  • 参加型の要素: 視聴者が自分でも実践できる終活ワークシートを提供。

この番組を通じて、視聴者が人生の最終章を自分らしくデザインし、前向きな気持ちで終活に取り組むきっかけを提供します。


(江端感想)

うーん。この内容では、プロジェクトの評価項目(KPI)と、評価結果、およびフィードバックがないな。

「まだ、番組として検討の余地あり」と思いました。

# 自分の「死に方」にまで、点数を付けられではたまらん、と考える人は多いかとは思いますが、私、「終活」も、「技術」の一つだと思っていますので。

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江端さんのひとりごと

「英会話スクール出逢い機関論」

2002年12月24日

特許明細書が書き上がりません。

最近、クリスマスの思い出と言うと、特許を執筆していた記憶以外にありません。

時期的にも、下期の特許提出の時期にぶつかることもあって、私にとって、「クリパ」と言われれば、クリスマスパーティなんぞではなく、クリスマスパテント(特許)です。

本当は、このような愚にもつかない駄文を書いている間に、明細書の第二の実施例を執筆しなければいけないのですが、システム構成図を書き直すのが面倒なのです。

なんとか手を抜けないかと、現実逃避の考案をしている時、私の駄文執筆能力は、最高潮に達するようです。

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嫁さんの気質や思想やポリシーに影響されるところ大なのですが、私は、結婚してから色々なことから解放され自由になり、人生が楽に、そして楽しくなりました。

また、嫁さんとは関係なく、結婚というシステムの観点からだけでも、いくつかのことから自由になったことがあります。

その中の一つに、「クリスマス脅迫症候群」とも言うべきものがあります。

この時期、駅前、商店街、デパート、繁華街、どこにいても出現する緑と赤の装飾、巨大なクリスマスツリーの電飾イルミネーション、そして、どこまでもしつこく追いかけてくるクリスマスソング。

会社の帰りに、夕食のコロッケを買っているところに、ユーミンや山下達郎なんぞ、出現させるんじゃない(ちと古いが)。

若い頃、私は、

一人で街を歩いたら、いかんのか!

と怒鳴りたくなる衝動にかられていました。

そのようなものから逃げる為に、イブの夜に嫁さんに担保をお願いしていた若い頃の自分は、愚かだったと思います。

だが、この青春の愚かなプロセスなくして、今の家庭や家族がないのも、また真実です。

その時、若さ故の愚かさを、シニカルに笑っていただけなら、今、食卓を囲んで家族で笑っていることはできなかったでしょう。

逆説的な結論ではありますが、「クリスマス脅迫症候群」によって「クリスマス脅迫症候群」から離脱する、というこの一連の理論は、物質が他の物質に変化するプロセスで、一時的に高エネルギー状態に至らなければならないという「励起状態」を思い起こさせます。

いずれにしても、今の私には、街中のクリスマスソングも、電車の中で若い恋人達がいちゃつく様も(そして愚にもつかない彼等の会話も)、まるで、梅が咲きほこる雅な茶会の席で、俳句をしたためながら、ホトトギスの声を遠くに聞くくらい、気になりません。

ともあれ、こういう下らない脅迫観念から離脱できただけでも、結婚は私にとって意義があったと断言できます。

閑話休題。

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実際のところ、一体どれ程の効果があるのだろうか良くわからない「英会話スクール」ですが、この不景気日本にあって、しぶとく生き残っているようです。

先日、先輩と話していた時に、「英会話スクール」の目的は、勿論英会話の向上にあることの他、「異性と出逢う場」としての役割もあるそうです。

なるほど。

そういうことなら、あのふざけた高価な授業料も、投資としてはむしろ安い。

個人を主体とする現代の社会構造上、異性と出逢うチャンスがないと言うのは、至極当然のことではあるのですが、出逢いを求めている当の本人達にとっては、深刻な問題です。

近い未来、自力で彼氏や彼女を見つけてきた者は、会社や地元の自治会から表彰されるような未来がくる、と私は真面目に考えております。

実際、政府が国営のお見合い期間の設立に動いています(2002年11月14日の朝日新聞より)

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これは本当の話ですが、私は10年も前に、日立のスーパーコンピュータのアプリケーションとして「お見合いシステム」を提言していました。

スーパーコンピュータの性能と言うと、円周率の計算くらいしかやることがないように思われていますが、これからのスーパーコンピュータはスペックは、MIPSやディスクアクセス速度、トランザクション処理数などではありません。

目標は、単位時間あたりに、どれだけの大量のカップルを生成させることができるか、そして、そのカップルをどれだけの時間維持させえるか、さらには、定着率(結婚率)などが競われるようになる、と予言していました。

MTTR(Mean Time To Repair 平均修復時間)は、システムの平均復旧時間から、カップルの平均復旧時間へと解釈が変更され、MTBF(Mean Time BetweenFailure 平均故障間隔)は、言うまでもなく、カップルの平均交際停止間隔と解釈される訳です。

こんな風に考えていくと、「システム」と「恋愛」は恐しく良く似ていることに気がつきます。

セキュリティの観点から言えば、機密性、可用性、抑制機能、予防機能、回復機能等、メンテナンスの観点からは、初期不良、経年劣化、リプレース・・・

まあ、この辺で止めておきましょう。

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結婚の問題とは関係なく、異性と付き合うことは、それ自体が人生を豊かにするし、そもそも楽しいものです。

勿論、苦しさや面倒も半端じゃありませんが。

この機会を、英会話スクールが提供しているのだとすれば、大変コストパフォーマンスな「場の提供」と言えるでしょうし、次世代の新しいコミュニティ創成の場として大変有望なものであると、私は考えました。

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「そうかな?」

私が得意げに、「英会話スクール出逢い機関論」を唱えていると、嫁さんが異議をはさんできました。

私 :「どうして? 出会い系のメールやWebなどに比べて、身元や面が割れる分、健全で安全で安心だし、勉強で集うと言う点も、さらに高品質のフィルターを通っているとも解釈できるぞ」

嫁さん:「『出逢う』為には、男性と女性が、少なくとも同じクラスにいなければいけないよね」

私 :「そりゃ、まあね」

嫁さん:「で、まあ当然、英会話を始める人なら、初級コースから入会するよね」

私 :「そうだろうね」

嫁さん:「自然に無理なく親しくなるためには、それなりに時間もかかるよね」

私 :「あからさまに、『異性を探しています』てな感じの奴なんて、いやだろうからな」

嫁さん:「英会話クラスの初級コースなんぞに、うだうだといつまでも居残っている男ってことは、『私には将来性がありませんよ』と宣言しているようなものじゃない? 私なら、私と同じクラスにいるような男は嫌だな」

私 :「・・・あっ」

盲点でした。

確かに、そんな将来性の見えない異性を探しすために、金を出しているとしたら、投資以前の問題です。

金をドブに捨てているようなものです。

嫁さんの提示したアンチテーゼは、英会話スクール以外にも、テニススクール、その他のスクール全部に適用が可能のようです。

いつまでたっても、初級コースから抜けられない野郎と付き会いたい女性は少ないだろうからです。

むしろ、検討除外の明確な指針となってしまう恐れもあります。

まあ、別の異性へのアクセスのポインタくらいにはなるのかもしれませんが。

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「出逢い」が難しい時代になりました。

「出逢い」を構築するために、自分ではない、不本意な自分を演出する必要性に苦しんでいる人も多いと思います。

口ばかりが上手くて、綺麗に装うのが上手い奴だけが、出逢いの門に立てるのだろうかと問われれば、私は自信を持って答えることができます。

その通りです。

ですから、「一緒になって貰うために、地に這いつくばい、泥をすすり、自尊心を投げうって、彼女の足を舐めるような屈辱を経て、結婚を承諾して貰った」(http://www.kobore.net/mail8.txtより抜粋)と言う、私の尊敬する人の言葉が、私の胸を熱く打つのです。

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クリスマスイブの今日、私より皆さんに、新約聖書の「マタイによる福音書」7章13節を贈ります。

「狭い門からはいれ。滅びにいたる門は大きくその道は広い。そして、そこからはいって行く者が多い。命にいたる門は狭くその道は細い。そして、それを見いだす者が少ない」

最後に、江端による福音書、第3節A項の第5号にて、今日はお別れしたいと思います。

皆さん、よいクリスマスを。

「狭い門から入る必要なんぞないし、できれば避けたいのは山々だが、本当の自分を好きになってくれる人と出逢う為の門は狭い。天国の門なんぞお話にならんくらい狭い。ナノテクノロジーですら解決できないほど狭い。とにかくうんざりするほど狭い。それを見いだす者は、かなり運が良い」

(本文章は、全文を掲載し、内容を一切変更せず、著者を明記する限りにおいて、自由に転載して頂いて構いません。)

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江端さんのひとりごと 「メールのやり取り(その8)」

地平、江端共著

大学の研究室の後輩、地平茂一氏とのメールのやりとり

--------------- 地平氏から結婚の御報告 ----------

皆様、ご無沙汰しております。
地平でございます。
(まさかに忘れた、っちゅう人はおられないとは思うのですが)

年の瀬も押しつまってまいりました今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。

実は風のたよりで聞かれた方もおられるかも知れませんが、長年の独身生活に
ついにピリオドを打ち、結婚することになりましたので、ご報告させて頂きま
す。

と言っても、実は入籍は先月(11月3日)に済ませておりまして、今はもう二人
で暮らしております。(いわゆる披露宴的なものは、身内中心でささやかに来
春、東京にて行う予定でおります。)
いかんせん、事実上知り合ったのが今年に入ってからでして、皆様も驚かれた
かも知れませんが、誰よりもわたくし自身が驚いている様な状況です。という
わけでこの半年、ドタバタの連続でして、皆様へのご報告が遅くなってしまい
ました。
今更ですが申し訳ございませんでした。
(念の為言っておきますが、「できちゃった」ではありませんからね)

尚、嫁さんになってくれる、という奇特な人は札幌生まれの札幌育ちなので、
これからは旅費だけで北海道スキーを楽しめるわけですが、もちろんそれが理
由で結婚したわけではないことは、この場において強く強調しておきたいと思
います。

(中略)

本メールの宛先のアドレスは過去のメールボックスをひっくり返して
なんとか発掘したものですので、どれだけエラーで帰ってくるか、
ちょっと恐ろしいのですが、無事着くことを心から祈りつつ発信します。
# 戸川さん(旧姓 今井田)は九分九厘エラーになって返ってきそうな気が
# する。。。

最近、住所が変わられた、という方がおられましたら、住所を教えて頂けます
と非常に助かります。
あと、「あのひとのメールアドレスも知ってるえ」と言う方がおられましたら
是非教えてください。

お仕事中失礼致しました。

今後とも宜しくお願い致します。

じひら@今シーズンは VolklのT50 Supersport ☆☆☆☆☆(Five star)を購入
しました。

--------------- 江端から地平氏へのリプライ ----------

さて、近年稀にない、このようなつっこみどころ満載のメールをどう料理し
ようかと考えていると、思わずオフィスで高らかに哄笑しそうなので、自宅に
帰るまで、ネタを溜めることにします。

6年の月日を経て、ようやく反撃、いやもとい、祝福できるのかと思うかと
思うと、こみ上げる喜び、もとい、慶賀を抑えきれません。

http://www.kobore.net/tex/alone96/node5.html

---------------------------------------------------------------------
『やってみせ、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば、人は動かぬ』
山本五十六長官
『やってみせて貰い、言って聞かせて貰って、させてみせて貰い、誉めて貰わ
なければ、私は動かぬ』
江端智一研究員
---------------------------------------------------------------------

--------------- 地平氏から江端へのリプライのリプライ ----------

江端 智(*1) 研究員様
何卒お手柔らかにお願い致します。

地平 茂(*1)

PS
ちなみに今のところエラーメールで帰ってきたのは
今井田、三宅、東野、水上
の皆様でした。(この返信の宛先からは抜いています。)
どなたかこの4名様の今のメールアドレスをご存知の方は
ご連絡頂けると嬉しいです。
# 今井田、三宅の両氏の追跡は難しそうですが。。。

(*1)http://www.kobore.net/tex/alone96/node5.html

------ 江端から地平氏へのリプライのリプライのリプライ ---------

お待たせ致しました。
真打ち登場でございます。

Jihira> 実は風のたよりで聞かれた方もおられるかも知れませんが、
Jihira> 長年の独身生活についにピリオドを打ち、結婚することになり
Jihira> ましたので、ご報告させて頂きます。

我々の身内では、高らかに独身主義を標傍して憚らなかった奴から、纏まる
という妙なトレンドが観測されておりました。

# 誰とは言いませんが、私の他では、女性2名など。

ところで上記の引用文、「長年の独身生活についにピリオドを打ち」の下り
に、いささかの異議申立など。

上記表現は、あたかも著者が独身生活を自らの主体的意思で*選択*していた
かのような誤解を読者に与えると言う点において、表現に瑕疵があると言わざ
るを得ません。

プライドをかなぐり捨て、今の嫁さんに媚びて、ようやく結婚に至ることが
できたという、私の非常に親しい友人の友人の神経を逆撫でしたことは言うま
でもありません。

ここは、

「一緒になって貰うために、地に這いつくばい、泥をすすり、自尊心
をを投げうって、彼女の足を舐めるような屈辱を経て、結婚を承諾
して貰った」

と言う、自然な考察による自然な思考の流れから帰着する、当然の結論とし
て合致する、なによりも、真実の記述をして貰わなければ、前記の私の友人は
勿論として、我々としても釈然としないものがあります。

どだい、この程度の汎用的表現の塊からなる「結婚しました報告」を受理す
るほど、私は後輩に甘い指導をしてきた記憶はありません。
当然、「再提出」の一言で却下されるものであることは、何よりも本人が自
覚しているはずです。

Jihira> と言っても、実は入籍は先月(11月3日)に済ませておりまして、今はもう
Jihira> 二人で暮らしております。(いわゆる披露宴的なものは、身内中心で
Jihira> ささやかに来春、東京にて行う予定でおります。)

ま、これは当人達の問題であり、回りがとやかく言うようなものではありま
せん。

しかし、人生にはバランスと言うものがあるはずです。

様々な結婚式に出席し、その度にイベントあるいはスピーチで、新郎あるい
は新婦の権威(有名私立大学を、優秀な成績で卒業し、後輩に慕われ、将来を
嘱望されている)を、これでもかと言う程に、地に落し続けてきた、その当の
本人が

「ささやかに」

だとぅ?

甘いな。

我々がこのような暴挙を看過していると考えるのであれば、それは、アメリ
カのケーキよりも甘いと言わざるを得ない。

因果応報。
これからの長い人生を生きる、新しいカップルの為にも、単なる文字だけで
なく、シンタックスだけでなく、そのセマンティックスまで骨の髄まで教えて
やるのが、真の友人、後輩、そして先輩と言えるのではないでしょうか。

Jihira> いかんせん、事実上知り合ったのが今年に入ってからでして、皆様も
Jihira> 驚かれたかも知れませんが、誰よりもわたくし自身が驚いている様な
Jihira> 状況です。というわけでこの半年、ドタバタの連続でして、皆様への
Jihira> ご報告が遅くなってしまいました。今更ですが申し訳ございませんでした。
Jihira> (念の為言っておきますが、「できちゃった」ではありませんからね)

わかっております。

「できちゃった」

ではなく、

「できてしまいました」あるいは、
「主体的意思で作りました」あるいは、
「創作しました」あるいは、
「創造しました」

ですね。

私もかねがね、生命の神秘、および命の尊厳に対して、このような軽薄な言
語で表現し、かつ公衆の良俗を逸脱する世間の振舞いを、普段より不快に思っ
ておりました。

命とは、生命とは、「できちゃった」などで表現されるものでは断じてあり
ません。
私の後輩が、かように礼を重んずる社会人になってくれたかと思うと、感涙
の涙を禁じ得ません。

上記、確かに了解しました。

Jihira> 尚、嫁さんになってくれる、という奇特な人は札幌生まれの札幌
Jihira> 育ちなので、これからは旅費だけで北海道スキーを楽しめるわけ
Jihira> ですが、もちろんそれが理由で結婚したわけではないことは、この
Jihira> 場において強く強調しておきたいと思います。

無駄です。

このような弁明を信じるくらいなら、来年のノーベル賞に江端がエントリー
されているというデマを信じる方が、相当真実味があります。

-----

以上、後輩の晴れある将来と、その果てしない幸せな日々を祈って、心から
のメッセージを送らせて頂きました。

では、お開きとして、結婚する人生と、結婚しない人生の両方を経験してき
た、人生経験豊かな私から一言、申し上げます。

命を賭けて、嫁さんを守るのです。
さすれば、結婚は目も眩むほど楽しいものになります。

----- 地平氏から江端へのリプライのリプライのリプライのリプライ ------

遅くなりました。

およそわたくしの知る限り、みずから「真打ち登場でございます」
などと大上段に名乗って出てくる人は、2人しか知りません。

そのうちの一人は (遠い目をしてみる) 。。。

人の間違いは決して見逃さない鋭利な観察力を持ち、
自分の間違いは決して認めない鋼鉄の意思を持ち、
後輩に非常に厳しくあたる慈父の愛を持ちつつも、
先輩には下僕の如く仕えて尊敬の念を絶やさず、
見てもいない結婚式を「先ほど無事に結婚式を終えられた」と報告し(*2)、
名前という「記号」にはあえてこだわらずにその人の本質と向かい合い、
自らの権益を脅かすものに対してはMicrosoftの如く徹底的に戦い、
他人からの追求に対しては日本政府の如く徹底的に争点をぼかす。

政治家として生を受ければ一国の宰相となり、
経済人として生を受ければ財界を支配し、
文学者として生を受ければ文豪の名をほしいままにし、
研究者として生を受ければノーベル賞を受賞する。(しかも癒し系)

わたくちたちはその方をやはり愛していた、いえいえ過去形ではいけません。
愛しているのだと思います。
「よしこ」と呼ばれようが、「きくぞう」と呼ばれようが、はたまた「茂」と
呼ばれようが、そんな上っ面だけの記号ではなく、個々人の本質とつきあおう、
としてくれた先輩の存在ほど鬱陶しいものは・・・ではなく、有難いことはあ
りません。

(*2)I嬢の結婚披露宴の時、司会の準備の為に結婚式に出席できなかった時の
ことを言っているらしい

ですので、あえて突込みどころを残し、満載にしたメールに鬼の様に突っ込ま
れようとも、その愛が揺らぐことはありません。
いや、その愛はつのるばかり、と言っても過言ではないでしょう。

そんな愛の一端を、尊敬すべきその方の結婚式の場においてつたない言葉なれ
ど、発露させて頂く機会を得ましたことはわたくしの人生におけるこれまでで
は最大のハイライトであったと言っても過言ではないでしょう。

さて、くどいようですが、誰がなんと言おうが、この度わたくしは長きにわた
る独身生活にピリオドを打ち、ささやかなる結婚式を来春東京にて挙げさせて
頂きます。
このメールの宛先の皆様(届かなかった方も数名おられますが)を全員ご招待し
たいのはやまやまなのですが、残念ながらそういうわけにもいかず、誠に心苦
しいのですが代表ということで首都圏在住の皆様をご招待させて頂きたい、と
考えております。何卒ご了承頂きたく、宜しくお願い申し上げます。

幸い、一番うるさいのはアメリカにいるので丁度いいですしね。

え?

帰ってきてる?

うそ?

しかも首都圏?

うそ、あの人、名古屋人やん

ほんと?

えーーー

こほん

訂正

さて、くどいようですが、誰がなんと言おうが、この度わたくしは長きにわた
る独身生活にピリオドを打ち、ささやかなる結婚式を来春東京にて挙げさせて
頂きます。
このメールの宛先の皆様(届かなかった方も数名おられますが)を全員ご招待し
たいのはやまやまなのですが、残念ながらそういうわけにもいかず、誠に心苦
しいのですが代表ということで首都圏在住で、かつ、ノーベル賞を目指してい
ない方をご招待させて頂きたい、と考えております。

何卒ご了承頂きたく、宜しくお願い申し上げます。
(ぺこり)

以上、真打ちからのお礼の言葉でした。

駄文・長文の無礼をお許しください。
また、暖かいお言葉を送っていただいた皆様、心のなかでつぶやいて
いただいた皆様、本当にありがとうございました。
今後とも宜しくお願い致します。

じひら

PS
東野さん、水上、三宅、戸川さん(旧姓今井田)のアドレスをご存知の方、
その他、機器件の面々のアドレスをご存知の方がおられましたら、適宜転送し
て頂くなり、わたくしにご一報頂けますととても嬉しいです。

それでわまた

(本文章は、全文を掲載し、内容を一切変更せず、著者を明記する限りにおい
て、自由に転載して頂いて構いません。)

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江端さんのひとりごと

「IETF惨敗記」

1999/03/25

ミネソタ州ミネアポリスのヒルトンホテルで開催されているIETFミーティング参加初日の夜、私はホテルのベッドで、久々に早朝覚醒型の不眠で目が覚めました。精神的な疲労が極に達すると、私のこの病気は予告なく私を襲うようです。

私にとって、このIETFミーティング1日目は、まるで10日間も徹夜して働いたかのような、すさまじい、そして強烈な疲労感と絶望感そのものでした。

最初から最後まで完全に理解できない会議、---文字どおり、一言も理解できない---、と言うものが、この世にあろうとは思わなかったのです。

私は、何も記入できない真っ白なノートを胸に抱えながら、欧米人の出席者で一杯になったヒルトンホテルのミーティング会場で、ただ呆然として前方のスクリーンに写し出されたOHPシートを見ているだけでした。

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IETFとは、Internet Engineering Task Forceのことで、インターネットの標準を規定する非営利の団体で、年に2度Meetingが開催されます。

インターネットとは、つまるところ色々な人が色々な目的で使う通信システムのことですので、これを動かすためには共通の決まり(プロトコル)が必要です。

この決まりを決める団体が、IETFです。

IETFには、会員と言う概念がなく、やりたい人がどんな提案しても良いことになっています。その提案は、まず「ドラフト」と呼ばれる英語の文章で提出しなければなりません。そして、その提案が受け入れられるか否かは、このIETFミーティング会場の出席者の多数決で決定されているようです。

要するに、「オープン」であることが、このIETFの特徴とされているのです。

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今回のIETFの出席者はおよそ2000人、ざっと見たところ、日本からも30名程度の出席者があり、(シ研)からのも7名が出席していました。

この2000人の人間が、会場のロビーで技術に関する議論を戦わせている様子は、実に壮観です。

実にやかましい。

このIETFのオープンの考え方と言うのは、かなり徹底しているようで、モラルも規範もあったもんじゃありません。

初日、私はスーツ姿で出かけていって、いきなり恥をかきました。

会場には、フォーマルな服装できている人間は、一人もいませんでしたから。全員が、Gパンにスニーカ&Tシャツと言ういでたちで、ロビーのすみっこで壁に持たれかかりながら、ノートPCを叩いていました。朝食はビュッフェ形式で、あふれるほどのパンやフルーツ、ドリンクが提供されるのですが、それを山のように皿に盛っては、床にあぐらをかいて食べていま
す。

さらには、足を別の椅子に投げかけながら、ミーティング会場にまで食べ物の皿を持ち込んで、口をもぐもぐさせながら、発表者の話を聞いています。

最初は驚いていた私も、そのうちマネするようになりましたが。

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まあ、驚いたといっても、そんなことはどうってことはなかったのです。

本当に驚いたのは、議事の進行方法です。

まずチェアマン(議長)が、議事を箇条書きに書いたOHPを示し、『今日はこれだけのことを決める。じゃあ、最初の提案者、どうぞ』と言って、いきなり提案者による提案ドラフトの説明が始まります。

本当に、面食らいました。

大抵、会議というのは、まず「今日は皆さん、お集まりいただき・・・」と言う挨拶から始まり、このミーティングの背景、目的を説明し、提案者の紹介をして始まるものですが、IETFミーティングでは、そのようなことはまったくしてくれません。ミーティングの議事内容まで、すでにそのワーキンググループのメーリングリストで検討が終わっていることになっており、残るは質疑応答と採決だけです。

ですから、そのメーリングリストに入っておらず、またドラフトを事前に読んでいなかった私は、何が何だか分からないまま、ただひたすら議事が進んでいくのを見守るしかできなかったのです。

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ですが、私が、メーリングリストに入っていて、ドラフトを事前に読んでいれば、理解できたか、と言うと、その可能性は絶望的に近いほど低かったでしょう。

ネイティブスピーカのネイティブスピードのもの凄さと言うものは、TOEIC600点台の人間にとっては、バッティングセンタで、飛んでくるボールに小さく書かれているメーカ名を読みとるより、遥かに難しいのです。(実際、きちんと視力を測定すれば3.0以上はあるだろうと思われる私には、そっちのほうが楽かも知れない。)

質問者は、会場にあるマイクの前に並んで、正面の提案者に向かって質問をしていきますが、NHKの「上級英会話教室」のように、一語一語をきれいに区切って、クリアな発音でしゃべってくれるわけではありません。

一つの質問が2秒ぐらいで、その中には、実に25ワード以上は入っているかと思われます。私には、単に動物の『ウオー』とか言うような唸り声の様にしか聞こえません。

この唸り声に対して、会場がワッと笑いに包まれます。周りを見回してみて、笑っていないのは、私(と多分他の日本人)だけのようです。

私は心底、傷つきました。

私に出来ることは、写し出されたOHPシートの内容を、ノートパソコンに写しとることだけだったのです。

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そもそもなぜ私がIETFなんぞに参加することになったかというと、これまた自分の意志ではいかんともし難い、悲しいサラリーマンの宿命にあります。

昨年までやってきた仕事である、マルチメディア監視システムのプロトタイプを無事完成させ、今年は製品化に向けて、設計とコーディングの日々だと自分では思っていたのですが、今年の初め、私は上司から別の仕事を命じられることになります。

それが、ポリシーベースネットワーク管理システムの研究です。

「ポリシー」などと聞いて、私は学生時代にちょこっとだけ参加した左翼運動の実績を見込まれたのかしら、などと呑気なことを考えていたのですが(70年代には、政治的理念のない人間のことを、『ノンポリ』と言いましたから)、どうもそういうことではなくて、ネットワークをビジネス運用(どのデータをどの経路で通せば、最も効率的に儲かるかとか)の観点から
管理する、最近新しいネットワーク技術のことです。

この研究を通産省の補正予算で行うことが正式に決定し、そんでもって、いつものことですが、私が放り込まれた訳です。マルチメディア監視システムのほうは、外注のシステムエンジニアを雇って、私のエージェントとして動いてもらうことが決まり、一応会社側としては筋を通したつもりでいるようです。

もちろん、そこには、再びその『ポリシーなんちゃら』を、一から勉強し始める私の苦しみや辛さは何も計上されていませんが、まあ、サラリーマンとはそういうもんです。

ところが、このポリシーなんちゃら技術の研究は、極めて新しい研究らしく、現在のところ、日本において権威といわれている研究者も研究機関もありません。従って、その研究に関する書籍はもちろん、研究発表資料、論文も何一つありません。しかたがないので、私は毎日行きと帰りの電車の中で、IETFの関連ドキュメントを、片っ端から読み倒す日々が続きました。

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ミネアポリスで行われているIETFは、5日間の日程で行われ、その間同じく(シ研)から来ていた、M氏のおかげで、他社の技術者と直接話すことができて(当然、私に英語で技術討論をする力量などあるわけがない)、一応報告書を書くためのネタはいくつか出来てきました。

しかし、今回の私にとって、最も重要なミッションはポリシー技術に関するIETFの動向調査でしたから、まさか「英語がわかりませんでした」と書いた報告書を提出するわけにもいきません。

私は、IETF会場のターミナルルームに準備された100台以上もあるコンピュータの1台を占拠して、ポリシーに関するドラフトを印刷しまくり、ミーティングに出席せず、ロビーに座り込み壁に持たれかかりながら、ひたすらドラフトを読みつづけていました。

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ポリシーワーキンググループセッションが始まる前日の深夜、ホテルのデスクでひたすらドラフトを読んでいる時に、電話がかかってきました。

"Hello"

応答がありません。

"This is Ebata Speaking."

と言うと、「・・・智一君?」と、おどおどした風の声が聞こえてきました。

嫁さんでした。

私が海外出張ということもあり、嫁さんは娘の麻生をつれて実家の福岡に帰っていていました。

江端: 「おお、よく電話してきたね。」

嫁さん:「フロントが出たのだけど、何を言っているのか全然分からなくて・・・で、辛うじて『スペル』と言う単語だけ分かったから、EBATAとだけ言ったらつなげてくれた。」

江端: 「こっちはねえ・・・英語が全然わかんないよ・・・。」

嫁さん:「そりゃ、会議で使っている英語なんだから・・・」

江端: 「ちがうんだ、そうじゃないんだ。フロントから、ハンバーガショップから、タクシーから、何もかも何を言っているかわからないんだよ。」

そう、私が最高に落ち込んでいる原因は、実はIETFの内容が分からないことではなく、日常会話が全然理解できなかったことです。しゃべることは難しいだろうなとは、思っていましたが、日常会話が聞き取れないという事実は、私を徹底的に絶望させました。

江端: 「とにかく、こちらの能力にあわせて、しゃべる速度を落とすという考え方がないんだ。」

嫁さん:「そう言えば、フロントも全然ゆっくりしゃべってくれなかったよ。」

これは、多分に偏見かもしれませんが、ミネソタでは世界中の人間が英語をしゃべっていると思っているのではないかと思わせる場面が多々ありました。

私がダウンタウンの郊外にあるミシシッピ川を一人で散策していると、5人の子供を連れた子供のお母さんが、私に道を聞いてきます。

"Sorry,I am a stranger here (地元の人間じゃないんで)"と言うと、しかたなさそうな顔で、子供を連れてどこかにいってしまいました。

また、冬期の雪の積雪量と、おそらくは治安の悪さも原因だと思われますが、ミネアポリスのダウンタウンのビルのほとんどは、スカイウォークと言う空中回廊で相互につながれていて、ダウンタウンにいる限り道路を歩く必要はほとんどありません。もちろん、そのスカイウォークは迷路のようにダウンタウンにはり巡らされていますので、簡単に迷子になってしまいます。

夕食を終えて、誰もいないスカイウォークを歩いていると、私の前方にスカイウォークの地図を覗き込んでいる黒人カップルが、私に経路を尋ねてきました。

もちろん、"Sorry, Stranger I am."と答えるしかありません。

ミーティングが終わった当日の午後、歩いて彫刻美術館と言うところに行きました。バスは乗り間違えると、とんでもない目に会うことは、これまでの海外旅行の経験で熟知していましたので、ひたすら歩いていきました。

その途中の道で、母親につれられた可愛い少年が、私に向かって言いました。

"Where are you going, Mr?"

私はとっさに、"What?"と答えましたが、それと同時に、この少年が明らかに『おじさん(Mr)』と呼びかけたのを不快に感じていました。母親のほうが『知らないおじさんに声をかけちゃダメよ』と言う風に子供の手を引っ張って、私とすれ違っていきました。

コンビニエンスストアで、水とミルクをもってレジに向かうと、レジのおじさんにいきなり何かいわれてドキリとしました。"Pardon?(すみませんが)"と私が聞き直すと、"Mexican?(メキシコ人か)"と聞かれていることがわかり、呆然としてしまいました。

ミネアポリスの最後の夜に、IETFに参加した日本人の集まりで、ベトナム料理を食べながら、この事件の話に加えて、中国でウイグル人に間違えられたこと、京都でブラジル人に間違えられたことなどを話したら、「要するに、モンゴリアンなんですね。」と総括されてしまいました。

『ミネアポリスの連中は、きっと、アメリカ大陸の外側は大きな滝になっていて、そこから海の水が落ちこんでいて、そしてアメリカ大陸は、カメがその下で支えていると信じているんだ』と屈折した思い込みで、ミネアポリスの日々をすごしていました。

江端 :「加えて、(シ研)の奴等が、僕の泊まっているホテルの地区が危ないって言うし・・・」

嫁さん:「え!危ないの?」

江端 :「とは、僕には思えないんだけどね・・・。」

私はホテルのクオリティには、あまり頓着しないほうで、会場のホテルが予約できなかったので、旅行代理店に『安いところを適当に』と言っておいたら、食事付き一泊79ドルと言う破格のホテルを予約され、周りの人間を随分心配させました(大体150ドル程度)。

学生の頃、私は一泊10ドルと言うドミトリーにあたりまえのように泊まっていたので、その辺の感覚が麻痺しているのかも知れません。

後輩の、T君に言わしめて曰く、『スカイウォークが繋がっていない、駐車場に派手な落書きがあった』ことが、その危険であることの根拠らしいです。

江端:『でもね、僕が泊まってきたところって、安全フェーズが2段階ほど違うよ。』

T君 :『どういうところですか?』

江端:『中国のウイグル自治区内の安宿とか、ネパールのコンクリートがむき出しになった宿とか、インドのニューデリーの宿では、目の前に物乞いの人たちが一ダースぐらい・・・』

T君は、絶句していたように見えましたが、付け加えて言いました。

T君 :『しかし、江端さん。決定的に違うことが一つあります。』

江端:『何?』

T君 :『拳銃』

そりゃもっともだ、と思った私は、それからIETF会場のミネアポリスのヒルトンホテルから、ウエスタンダウンタウンと言うモーテル系のホテルまで、走って帰ることにしました。

江端:「ところがねえ、慣れない街だからねえ、道を間違えてどこを走っているか分からなくなって・・・と言って、信号で泊まると恐いから、青信号の方を選んで走るから、さらに道がわからなくなってきて、そうして、昨夜はミネアポリスの街中を、ぐるぐる走りまわっている変な日本人が一人いたわけだよ。」

15時間の時差のある電話の向こうで、嫁さんは大爆笑していました。

そしてこの話は、「夜のミネアポリスを走り回る日本人」と言うエピソードで、そのIETFの期間中、ことある毎に語られることになります。

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さて、ひどく落ち込んでいた私は、嫁さんの電話で少し元気をとり戻し、今一度IETFを眺め直す余裕が出てきました。

午前を回っていましたが、私はベッドの上にひっくりかえって考え始めました。

まず第一に、IETFは本当にオープンなのか?

あのスピードの英語を日本に取得できる人間がどれだけいるのか。どれだけの人間が、あの技術情報を母国に持ち帰れるのか。そもそもネイティブスピーカでない我々日本人が、あのミーティングに参加することができるの
か。

次に提案者、質問者の面々です。

提案者はまあ良いとして、質問者です。

みーんな、同じ顔。

同じメンツが、マイクの前に立ってぐるぐると順番待ちをしているだけです。オープンどころか、クローズなグループメンバによる芝居のように見えるのは、私の穿った見方でしょうか。

と、そこまで考えたとき、私は背筋がぞくりとするような寒気を感じました。

(これはやばい。相当にやばいぞ・・・)

私は基本的に、自分のことしか考えない利己主義者ですが、その私の利己を脅かすほどの恐ろしい現実が進行しつつあることに気がつきました。

これからも情報通信技術が、ある一国で閉じる訳がありませんから、この技術の検討が国際共通語である英語で行われることは間違いありません。

そして、インターネットの世界に関しては、当面IETFが支配的な地位を占めていくでしょう。

IETFは、いかなる形でも強制力を持ってはいませんが、インターネット標準の決定機関です。インターネットに関わる全てのベンダ、サービスプロバイダ、ユーザは、このIETFの決定事項に従って動いていくしかありません。

すなわち、IETFに対して提案活動を行うと言う事は、すなわちその提案の内容が世間に公表される前に、すでに手が打てるわけです。

例を挙げましょう。

例えば、私があるマルチメディア帯域制御方式を実現する通信ソフトウェアを開発したとして、その内容をIETFに提案し、これが受理されたと仮定しましょう。他の会社は、この通信方式を実装するために、私が提案したドラフトを読みながら、製品を作らなければなりませんが、私はすでにその実装が終わったソフトウェアを開発し終えているのです。

この開発機関がどの程度になるにしろ、すでに私は、他社に対して開発期間分(数ヶ月以上)リードしている訳です。他社が開発を行っている間、私は営業活動を進めて、シェアを拡大させる事ができます。

つまり、イニシアティブが全てなのです。

提案ドラフトを読んでから製品化に着手しているようでは、シェアを取る事が出来ないのです。

逆に言えば、このようなIETFのような国際的標準機関でイニチアティブを取るためには、英語が必須なのです。しかしそれは、英語が単に読めることでも、しゃべれる事でも、理解できることでもありません。

「検討」し、「討論」でき、そして「論破」できることなのです。

しかるに、我が国の英語教育の水準は、間違いなく世界最低クラスです。

先進国と言われているアジアの国々のほとんどと比較して、TOEICの平均点が低い事は、意外に知られていませんが、私は色々なアジアの国を旅をしてきた経験から、感覚的にこの事実に気がついていました。だって、一応英語が使えれば、どの国のどの街のどんな所でも旅が出来たんですから。

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(21世紀も、欧米中心の文化に引きずられながら、我々は生きていかねばならないのか?)

パソコンの設定一つの為に、膨大な英文資料に翻弄されて過ごしている日々。

そして、ろくな特許のアイデアも出せず、まともなシステム構築すら出来ない技術者が、ただ英語が使いこなせると言う理由だけで、より優位な地位に立てる日本の技術者社会。

私は、娘の笑顔を思い出して、憤然とした思いに駆られました。

娘の世代も、欧米文化に追従する日々を生きねばならないのか?

私は最近、戦前の陸軍の関東軍のエリート軍人達が、日本語を基本とした大東亜共栄圏を作ろうとした気持ちが少し分かるような気がします。

軍事的にアジアを占領して、すべて日本語が通じるようにして、米国とヨーロッパ共同体に対抗しようとしたその行為は、もしかしたら英語がしゃべれないコンプレックスに起因していたのかもれない。

しかし、それでも、彼らは日本のシステム体系が世界で無視されることを予期し、それを恐れていたのです。イニシアティブをとれない国が、没落していくかないことを熟知していたのです。

日本がどうなるかは、私にとってどうでもよいですが、娘がどうなるかは、私にとって大問題です。

この欧米主義中心の世界観をどのように変えていけばよいのだろうか、と私は考え始めました。

その1 全世界侵略論

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全世界を武力で制圧し、日本語を世界共通語として強制する。

しかし、公式に核非所有国を宣言している我が国が世界征服をするのに比べれば、太陽系以外の他の星系に移住可能な星を見つけて、日本国民全部が移住する方がはるかに簡単でしょう。

その2 大東亜共栄圏論

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これは人口比率から言って、中国語しか選択はない。この中国語による大東亜共栄圏で欧米文化に対抗する。

しかし、日本人全部が中国語を勉強し直すくらいなら、こういう発想はそもそも出てくる訳がないので、もちろん却下である。

その3 英語教育再編論

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文部省は、教育としての位置付けをやめ、教育カリキュラムから、英語教育を放棄する。一種の高級なプログラム言語の一つとして、通産省にその権限を移譲し、「情報処理技術カリキュラム」の一つとして組み込む。すなわち、文化としての英語を全面的に方向転換し、単なる通信プロトコルと捕らえ、その「技術」を教えるものと考える。これにより、偏向した欧米中心主義文化からの脱却を図る。

とは言え、どのようなカリキュラムがあろうと、現実的にその英語が使えなければ、意味がありません。

そこで、私は韓国の徴兵制(*1)にならい、英語技術の徴役制度の導入を提案します。

(*1)韓国では成人男子全員に兵役の義務がある(イスラエルでは女性も)。

さて、その懲役をどこでやるか、一番安いコストと言う点では、在日米軍あたりで兵役につかせてしまおうか、と言う乱暴な考えもあったのですが、何もアメリカの世界戦略構想に協力する必要はないし、第一、個人的に嫌。

ならば、どこかの英語圏の島を買って、そこに高校教育を終えた若者を、全て強制的に収監すると言うのはどうか。

当然、島の中には武装した教官がおり、日本語をしゃべったものに対しては、射殺を含む刑罰を施行する権限を有するものとする。期間は、最低2年。大学の前期教育を兼ねても良い。当然、日本語で記述された全ての書物は没収される・・・・・

程度のことはやらんと、本当にやばいんではないかと思い始めています。

要するに、私がIETFに出席して、ほとんどその任務を果たし得ず、そして、私と同じような立場に負い込まれるものが、今後も間違いなく大量に発生する、と言う事が言いたかったんです。

そして、日本はどんどんこれから国家としての国益を失っていくだろう、と。

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さあ、どうしましょう。

我々が、どこで育ち、そして生きてきても、名古屋弁や秋田弁などのようにどの地域の言葉も理解できるように、世界のどこにいても、どの言葉も理解できるようにならなければならない時代が来ています。

いや、正確に言えば、我々の前の世代は、すでに我々がその程度のことを実現してくれることを期待して、膨大とも言える時間と労力を我々の英語教育に注いでくれたと思うのです。

しかし、その教育のやり方が悪かったのか、あるいは我々の努力が足りなかったのか分かりませんが、我々はついに、彼らのその熱い想いに応える事はできなかったようです。

それはIETFで発言した日本人を、ついに一人も発見できなかった事からも明らかだと思います。

さあ、どうしましょう。

私たちは、次の世代達に、『どう世界とつきあって生きて行け』と言うことができるでしょうか?

(本文章は、全文を掲載し内容を一切変更せず著者を明記する限りにおいて、転載して頂いて構いません。)

Next:江端さんのひとりごと
「IETF惨敗記2(白夜のノルウェー編)」

 

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韓国は、今、戒厳令に揺れています。

(1)戒厳令が国会で否決されるという憲法の規定が存在する理由が分かりません。戒厳令とは国会の停止を含んでいる思っていたので違和感を感じています。

(2)今回の韓国の事件で、国会議員が軍隊に邪魔されることなく国会議事堂に入れたことにも不思議に思っております。


これらについて教えて下さい。

----- ChatGPTここから -----

韓国の憲法第77条第5項は、国会が在籍議員の過半数の賛成で戒厳の解除を要求した場合、大統領はこれを解除しなければならないと定めています。

この規定は、戒厳令の濫用を防ぎ、民主的統制を維持するために設けられています。戒厳令は非常時において行政・司法機能を軍が代行する措置であり、権力の集中を伴うため、国会がその適切性を監視し、必要に応じて解除を求める権限を持つことが重要とされています。

戒厳令下でも、国会は解散されず、議員の活動も保障されています。憲法は、戒厳令下においても国会議員の逮捕を認めていません。

そのため、国会議員は軍の妨害を受けることなく議事堂に入る権利を有しています。今回の韓国の事例では、軍が国会議事堂への侵入を試みましたが、議員や職員がこれを阻止し、最終的に戒厳令の解除を求める決議案が可決されました。

このように、憲法上の規定により、国会の機能と議員の活動は戒厳令下でも維持されることが保障されています。

------ ChatGPTここまで -----

"軍が国会議事堂への侵入を試みましたが、議員や職員がこれを阻止し" って、何?

普通、逆だろう、これ。

驚くほど民主主義的な「戒厳令」の憲法の規定に、正直驚いています。

シュリ」とか「シルミド」とか「KT」のイメージを間に受け過ぎたのかもしれません。

日本の戒厳令の、"5.15"とか"2.26"とかとセットで記憶していることも原因かなぁ。

私なら ―― 国会の封鎖、放送局、警察庁、裁判所の占拠、野党党首を含めた国会議員の強制逮捕、あと閣僚の身柄拘束もします 。デモ隊への発砲もためらいません。で、<北>が休戦協定を破棄して、<南>の人民の開放を口実に、南下し首都ソウルを占領。在韓米軍の出動の隙を狙って、そのまま台湾紛争が勃発、と ―― まあ、それくらいのことを考えていたんですけどね(当然、日本も巻き込まれる(台湾紛争と、半島からの難民問題で))。

ともあれ、私のイメージしてきた「戒厳令」とは、全然違ったようです。

運が良かったのか、私の想像力が豊かすぎたのかは、まだ、判断できていませんが。