2010,江端さんの忘備録

私の昔の後僚に、

「宇宙から声が聞こえる」 → はい

と必ず応えることを信念としている者がいました。

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JMIの結果に腹を立てている各位皆さん。

どうでしょう。

他の質問はさておき、

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「宇宙から声が聞こえる」 → はい

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とするという、一つのレジスタンスをしてみませんか。

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実際に、私はGPS衛星からの信号、聞こえます。

2010,江端さんの忘備録

小学生の頃、放課の時間になると外に追い出されていました。

真夏の炎天下、真冬の小雪の吹雪の中でも例外なしです。

そして、真冬の授業開始前に、マラソンと称して、校庭を10周も走らされた日々は、「小学生」という私の人生の貴重な時代を、決定的に暗黒の時代にしてくれました。

あのマラソンなる阿呆なイベントは、小学生の私を重度の鬱病にし、不必要に風邪などの病理を招いたことは、今となっては明白な事実です。

当時の教師達か、A県の教育委員会か、なんだか分からないけど、そういう組織か法人に、損害賠償請求(民709条)を請求したいものだ、と、ふと、今日思いました。

が、すでに時効が成立していました(20年)。

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それと、今でも、給食を食べ切れない児童を、居残りさせてまで食べさせる意義が、どこにあったのかを、私は知りたいのです。

どなたか、小学校の給食が食べられなくて、栄養不足で死亡した児童がいたら教えて頂けませんか。 私は確信を持って、一人もいないだろう、と断言できます。

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クラス全員が「逆上がり」ができることで、『全員達成!』を標榜し、逆上がりができない子供を追いつめる教育をしていたA県の小学校の教育は、「愚劣」を百万回称呼しても足りないくらいの愚劣教育の極みだと断言します。

戦時中の「隣り組制度」や、日本の隣に位置する独裁国も真っ青の全体主義教育を、当時の保護者はどうして看過できたのでしょうか。

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当時の小学校とは、私には、理不尽の集大成でした。

理不尽であることを学ばせることを目的としているのであれば、その意義は十分に果せていると思います。

A県は、私の出身地です。

私がA県から離れた理由は、A県の教育に起因しています。

いずれお話します。

2010,江端さんの忘備録

ヨーロッパのプロジェクトチームが出願した、欧州広域特許の調査報告書(サーチレポート)が届きました。

私はEUの広域発明については、知見がありませんので、黙々と、日本国特許法に準じて、特許要件の精査を行うだけです。

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でもね。

ドイツ語で記載されたサーチレポートを、私にどうしろと。

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何度も繰替えしますが、私の第二言語能力は、「英語」が限界です。

中国語の拒絶理由対応の時にも書きましたが、第三外国語によるレポートは、厳に送付を禁止します。

2010,江端さんの忘備録

交通事故に巻き込まれて、ここ一月ばかり、鬱な状態にありました。
双方の主張が異なるので、紛争解決は長びきそうだということも、憂鬱の要因の一つでした。

私は、こういう不安定な状態が嫌いな性格です。『できるだけ早期に白黒付けたい』と願う方です。

振り返ってみると、時間で解決することができたようなことも、自分の手で事態を悪くしてしまったことも、不要に事件を拡大させて、結果的に解決を遅らせてしまったこともあるように思えます。
小心な小市民故の成せる業です。

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神さま。

私は、小市民として野心なく生きているのですから、面倒も最小限として下さい。
大きな面倒は、大きな野望や大きな幸福の人に持っていって下さい。

2010,江端さんの忘備録

サッカーワールドカップを見るために、会社を定時で退社したことなどはありませんし、甲子園の高校野球の中継になれば、チャンネルを替えます。

大相撲の人気がどうなろうが全然興味ないし、もし廃止となっても何も感じないだろうことに、自信があります。

夏季オリンピックには、夜の23時くらいから始まる「ダイジェスト版」が、短い時間で、結果を知ることができて、効率的という理由で好きです。

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それなのに、冬季オリンピックについては、これほどに一喜一憂する自分が不思議です。

国籍不問で、凄い滑りや演技をする選手には感動してしまうし、日本の選手がメダルに届いた場合には、思わずシャドウガッツポーズが出てしまいます。

こんな自分を、自分が見たことがない。

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『歳をとった』というのが答えなのかもしれません。

しかし、それ以上に、

幼少の頃から、運動音痴を「運動会」という悪夢のイベントで晒され続け、または、チームプレイという名で弱者の排除を正当化する、悪夢の時間と

と、

なんの成果も求められることなく、たった一人で、大自然の雪原の中に解け込むことが許された、解放の時間

の差かな、と、思ったりしています。

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自分の経験した範囲内でしか、物事に興味を持てない人生は、寂しい人生なのだと思います。

自分と縁もゆかりもないプロ野球チームに、あれほど狂える人達を、私は全く理解できませんが、彼らはきっと私よりは幸せな人生を生きていると思います。

2010,江端さんの忘備録

何年か前に、学会聴講でパリに行ったときのことです。

モンパルナス・タワーの最上階で、クロワッサンの朝食を食べて(貸切状態)、結構幸せな気分になりながら、モンパルナス地区を、てくてく歩きながら、ホテルに帰る途中、モンパルナス墓地に寄りました。

ボーヴォワールやサルトルの墓を見ておくのも、一興かと思いまして。

私はついぞ、彼等の著書を読むことはありませんでしたが。

学寮の管理人の叔母さんから『ボーヴォワールくらいは読んでおきなさい』と言われていたのですが、ボーヴォワールやサルトルについては、彼等が「事実婚」であった以上の知識はなく、現在に至っております。

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私は墓地の雰囲気は結構好きな方です。

結構寒い冬の午前でしたが、そこそこ人もいました。

しかし、歩いているうちに、モンパルナス墓地の人気のないエリアにさまよい込んでしまいました。

そこには、すでに管理が放棄され、何百年も放置されていたであろう巨大な墓の建造物がいくつも立ち並んでいました。その大きさたるや、私の部屋よりも大きなものでした。

その規模や作りから、当時、相当な財力を誇った貴族の所有していたであろうことが推認される墓でした。

しかし、100年単位で放置されて、崩れかけた巨大な石の建造物は、それゆえ、朽ち果てることもできず、その醜悪な態様のまま放置され続けていました。

子々孫々その栄華が果てしなく続くことを信じて、その建造物に埋葬されているであろう者達の想いは、安らかであるのか否か。

栄華の果ての没落に、その存在を自ら消し去ることもできない悲運に、「盛者必衰の理」が胸に去来しました。

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欧州の華やかな街の中で、平家物語に思い馳せるという、奇妙な時間に幻惑された一時でした。

2010,江端さんの忘備録

小学校5年生の娘がテレビを見ながら『無罪って何?』と聞いて、私は少し考え込みました。

そろそろ、『無罪とは悪いことをしていないこと』というのが、正しくない概念であることを教えても良い時期だと感じたからです。

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『ある人が麻薬を家に隠し持っていました。お巡りさんが、この家の窓ガラスを割って、家の中を探して、この麻薬を発見しました。それを証拠として、その人を逮捕しました。この人は有罪になるでしょうか』

『なるでしょう?』

『100%無罪になります』

『どうして』

『法律的に正しい手続で行われていない捜査では、有罪にできないから』

ここで嫁さんが割って入ってきました。

『麻薬を所持していたことは明かなんでしょう』

『うん』

『それでも無罪になるの。減刑されるくらいじゃないの』

『駄目。適法に取得した証拠でなければ、裁判所は採用できないし。お巡りさんが、捜査令状を裁判所から貰っていれば、問題なかったんだけど』

だから、無罪とは悪いことをしていない、ということではないことを説明しました。

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『じゃあ有罪か無罪は、誰がどのように決めるの?』

『原則として、裁判官が自分の判断で、勝手に決める』

『え!? そんなの困るじゃん。裁判官が、「この人、なんとなく嫌」って思ったら、誰でも有罪にできるの?』

『裁判は、そういうものだから。「自由心証主義」というんだけど。ただ、刑事事件だけは、自白*だけ*では有罪を認定できないという例外はある』

『・・・』

『しかし、刑事事件についても、証拠についてはその有効性が良く分からん場合は、やっぱり裁判官の主観だけで決まるという面はあると思う』

だから、有罪が悪いことをしていること、とは言い切れない、ということも説明しました。

ちょっと早いかな、と思ったけど、まあ良い機会でしたので。

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人生において誰も彼もに、愛想よくする必要はないのです。

家族にも、友人にも、彼氏との最初のデートの時でも、結婚式のウエディングドレスに身を包んだ時でさえも、その気がないなら笑顔を見せる必要はありません。

「最高の笑顔」は、被告席に立ったときに向き合う、裁判官に対して*だけ*、見せれば良いのです。

2010,江端さんの忘備録

○GPSのサービス研究をしているのに、携帯電話のGPSのナビサービスすら使ったことがない。

○スマートグリッドの研究をしているのに、自宅の家電製品の消費電力すら計測したことがない。

○ネットワークの研究をしているのに、通信ドライバ一つプログラミングしたことがない。

○OSの研究をしているのに、カーネル再構築すら試みてみたことがない。

○特許権の効力を説明するのに、特許法すら読んだことがない。

◎研究員のくせに、「さよならジュピター」すら読んだことがない。

2010,江端さんの忘備録

私の大嫌いな台詞の一つに、「○○をやっている人に悪い人はいない」があります。

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○○には色々入りますが、私が見た記憶のある物には、「格闘技」「ラグビー」などがあります。

体育系のスポーツに多いのは、スポーツパーソンが常人より体力を有し、暴力に転換する可能性が高いからかもしれませんが、これは私にも良く分かりません。

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私、高校のころ、ラグビー部のバカに、理由もなく石を投げつけられたことがあります。

私はそのバカが嫌いでしたが、少なくとも、私からそのバカに直接何かをしたことはありません。

気に入らないという理由だけで、こういう所業に及ぶのは、「悪い人」だと思います。

と言う訳で、「○○=ラグビー」は、反例が1つあり、成立しません。

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『○○をやっている人に悪い人はいない』という奴がいたら、そいつと、その『○○』を、私に教えて下さい。

即日、私は、その『○○』に参加します。

そして、世間に対して迷惑な行為をしまくって、沢山の反例を作ります。

2009,江端さんの忘備録

新しく政権党となった民主党はがんばっていると思います。

今のところ、「事業の見える化」は応援したいと考えています。

しかし、実際のところ、私達の仕事(システムの研究)に滅茶苦茶な影響を与えているのは事実です。

イメージとしては、銃弾が豪雨のように飛び回る戦場で、次々と横にいた仲間がバタバタと撃たれて倒れて、気がつくと私ひとりが立っているイメージです。

私も片腕くらいは、手榴弾で吹き飛ばされている感じですが、それでも「仕方ないな」と諦めています。

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だって「研究」だもの。

「研究」というのは、先行投資で、簡単にいえばバクチです。

『バクチの値段を抑えて、子供の飯を買う』と言われて反論できる論理付けなんぞ、できる訳ありません。

ただ、我田引水かもしれませんが、「研究」という奴は、単純な経済法則で「動かない」点が、ちょいと多くの人には分かりにくいと思うんですよ。

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私の勤務している会社の場合ですね、「金を設ける為に研究をしよう」という殊勝な野望をもっている研究員を見たことがないんですよ。

これは、研究者の「知に対する無償の愛」と語ることもできますが、「企業利潤を無視した確信的な犯罪」とも言えます。

「私心なき知の追求」が、経済成長の中にあった時はよかった。

「研究」と「金」が成立しえる余地があったからです。

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「スパコンが本当に必要ですか?」

「ロケットの一部にしかならないような計画が必要ですか?」

私は、計算機センターで、CPUを占拠する時間を延長させる姑息な手段を駆使してきた学生時代から、GPS信号のトリッキーな使い方を検討している現在に至っております。

そんな私ですら、至極当然のあたりまえの質問だと思います。

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『世界一を回復しなければならない』 ?

違うだろう。

『このスパコンの研究を続ければ、20年後に、24時間前の地震予測を95%で達成でき、経済効果は、2050年から100年間で50兆円、のべ500万人の人命が助けられます』

『このロケットの研究が具体化すれば、2050年には、火星上に我が国が主張しうる領土が担保され、2100年迄に、1000万人の火星移住を実現し、資源、環境問題などという瑣末な問題を全て解消します』

と、嘘でもいいから、なぜ言えない?

「俺が死んだあとに、俺を誰がどう評価しようが知ったことか」と、言える我が国の役人は、もういないのか?

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「じゃあ、お前には言えるのか」と問われれば、はっきりと答えましょう。

言えないです。研究者だからです。

「インディアン、嘘つかない」とはインディアン自身が言いますが、研究者は皆、嘘が「つけない」のです。

正しい倫理観、基本と正道の理念・・・ではなく、嘘をつくと、コスト負担が大きくなるからです。

面倒なことに、研究者という奴は、嘘と次の嘘の間にも一貫性を持たせようとします。

一の嘘を論理的に帰納させる為には、指数関数的に増大する嘘の連鎖を、矛盾なく完成させなければならないという滅茶苦茶な労力が発生し、

そして、何より我々が最も辛い一言が、

「それ、論理矛盾していない?」

です。

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研究者を友人、または伴侶に持っている方は一度試されると良いかもしれません。

その友人や伴侶が、訳の分からないことを喋っていて、困った時にに言うセリフは、「よく分からない」ではありません。

内容はどうでも良いです。

とにかく、

「それ、論理矛盾していない?」

と言ってみて下さい。

相当、面白いものが見れるはずです。精神的には、研究者を即死させ得る一言です。

閑話休題

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資源のない我が国にとって、国家からの科学技術研究の投資削減は自殺行為だと、私も思います

それでも、科学技術の研究費は削られ、コスト意識なき研究は、成立しないでしょう。

純粋な学術研究の徒は消え、狡っからいマーケット理論や、嘘臭いビジネスモデルの提案に長けた、いけすかない似非研究者が跋扈することになるでしょう。

いや、もうすでに、そうなっています。

なにしろ、私も、そのように看板を取り替えないと、研究で生きていけないのですから。

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何年か後に、日本の最後の砦であった「科学技術」が事実上、消滅して国際競争力が全くなくなった時、「あの時、民主党が・・・」とは、私は言わないし、そして、私は誰にも言わせない。

ただ一点。

『為政者ではなく、私を含めた我々国民自身が、「科学技術」に「コストリターン」の導入すべきことを、国是として認めた』ということ。

どんな未来が来たとしても、この一点だけは、絶対に譲らないつもりです。