2012,未分類

特許明細書が書き上がりません。

最近、クリスマスの思い出と言うと、特許を執筆していた記憶以外にありま せん。 時期的にも、下期の特許提出の時期にぶつかることもあって、私にとって、 「クリパ」と言われれば、クリスマスパーティなんぞではなく、クリスマスパ テント(特許)です。

本当は、このような愚にもつかない駄文を書いている間に、明細書の第二の 実施例を執筆しなければいけないのですが、システム構成図を書き直すのが面 倒なのです。 なんとか手を抜けないかと、現実逃避の考案をしている時、私の駄文執筆能力は、最高潮に達するようです。

嫁さんの気質や思想やポリシーに影響されるところ大なのですが、私は、結 婚してから色々なことから解放され自由になり、人生が楽に、そして楽しくな りました。 また、嫁さんとは関係なく、結婚というシステムの観点からだけでも、いく つかのことから自由になったことがあります。 その中の一つに、「クリスマス脅迫症候群」とも言うべきものがあります。

この時期、駅前、商店街、デパート、繁華街、どこにいても出現する緑と赤 の装飾、巨大なクリスマスツリーの電飾イルミネーション、そして、どこまで もしつこく追いかけてくるクリスマスソング。 会社の帰りに、夕食のコロッケを買っているところに、ユーミンや山下達郎 なんぞ、出現させるんじゃない(ちと古いが)。

-----

若い頃、私は、

――  一人で街を歩いたら、いかんのか!

と怒鳴りたくなる衝動にかられていました。

そのようなものから逃げる為に、イブの夜に嫁さんに担保をお願いしていた 若い頃の自分は、愚かだったと思います。 だが、この青春の愚かなプロセスなくして、今の家庭や家族がないのも、ま た真実です。 その時、若さ故の愚かさを、シニカルに笑っていただけなら、今、食卓を囲 んで家族で笑っていることはできなかったでしょう。

逆説的な結論ではありますが、「クリスマス脅迫症候群」によって「クリスマス脅迫症候群」から離脱する、というこの一連の理論は、物質が他の物質に 変化するプロセスで、一時的に高エネルギー状態に至らなければならないとい う「励起状態」を思い起こさせます。

いずれにしても、今の私には、街中のクリスマスソングも、電車の中で若い 恋人達がいちゃつく様も(そして愚にもつかない彼等の会話も)、まるで、梅が 咲きほこる雅な茶会の席で、俳句をしたためながら、ホトトギスの声を遠くに 聞くくらい、気になりません。

ともあれ、こういう下らない脅迫観念から離脱できただけでも、結婚は私に とって意義があったと断言できます。

閑話休題。

-----

実際のところ、一体どれ程の効果があるのだろうか良くわからない「英会話ス クール」ですが、この不景気日本にあって、しぶとく生き残っているようです。

先日、先輩と話していた時に、「英会話スクール」の目的は、勿論英会話の 向上にあることの他、「異性と出逢う場」としての役割もあるそうです。

なるほど。 そういうことなら、あのふざけた高価な授業料も、投資としてはむしろ安い。

個人を主体とする現代の社会構造上、異性と出逢うチャンスがないと言うの は、至極当然のことではあるのですが、出逢いを求めている当の本人達にとっ ては、深刻な問題です。

近い未来、自力で彼氏や彼女を見つけてきた者は、会社や地元の自治会から 表彰されるような未来がくる、と私は真面目に考えております。 実際、政府が国営のお見合い期間の設立に動いています(2002年11月14日の 朝日新聞より)

これは本当の話ですが、私は10年も前に、日立のスーパーコンピュータのア プリケーションとして「お見合いシステム」を提言していました。

スーパーコンピュータの性能と言うと、円周率の計算くらいしかやることが ないように思われていますが、これからのスーパーコンピュータはスペックは、 MIPSやディスクアクセス速度、トランザクション処理数などではありません。

目標は、単位時間あたりに、どれだけの大量のカップルを生成させることが できるか、そして、そのカップルをどれだけの時間維持させえるか、さらには、 定着率(結婚率)などが競われるようになる、と予言していました。

MTTR(Mean Time To Repair 平均修復時間)は、システムの平均復旧時間から、 カップルの平均復旧時間へと解釈が変更され、MTBF(Mean Time Between Failure 平均故障間隔)は、言うまでもなく、カップルの平均交際停止間隔と 解釈される訳です。

こんな風に考えていくと、「システム」と「恋愛」は恐しく良く似ているこ とに気がつきます。 セキュリティの観点から言えば、機密性、可用性、抑制機能、予防機能、回 復機能等、メンテナンスの観点からは、初期不良、経年劣化、リプレース・・・

まあ、この辺で止めておきましょう。

結婚の問題とは関係なく、異性と付き合うことは、それ自体が人生を豊かに するし、そもそも楽しいものです。 勿論、苦しさや面倒も半端じゃありませんが。

この機会を、英会話スクールが提供しているのだとすれば、大変コストパフォー マンスな「場の提供」と言えるでしょうし、次世代の新しいコミュニティ創成 の場として大変有望なものであると、私は考えました。

-----

「そうかな?」

私が得意げに、「英会話スクール出逢い機関論」を唱えていると、嫁さんが 異議をはさんできました。

私 :「どうして? 出会い系のメールやWebなどに比べて、身元や面が割れ る分、健全で安全で安心だし、勉強で集うと言う点も、さらに高品 質のフィルターを通っているとも解釈できるぞ」

嫁さん:「『出逢う』為には、男性と女性が、少なくとも同じクラスにいなけ ればいけないよね」

私 :「そりゃ、まあね」

嫁さん:「で、まあ当然、英会話を始める人なら、初級コースから入会するよね」

私 :「そうだろうね」

嫁さん:「自然に無理なく親しくなるためには、それなりに時間もかかるよね」

私 :「あからさまに、『異性を探しています』てな感じの奴なんて、いや だろうからな」

嫁さん:「英会話クラスの初級コースなんぞに、うだうだといつまでも居残っ ている男ってことは、『私には将来性がありませんよ』と宣言して いるようなものじゃない? 私なら、私と同じクラスにいるような 男は嫌だな」

私 :「・・・あっ」

盲点でした。

確かに、そんな将来性の見えない異性を探しすために、金を出しているとし たら、投資以前の問題です。 金をドブに捨てているようなものです。

嫁さんの提示したアンチテーゼは、英会話スクール以外にも、テニススクー ル、その他のスクール全部に適用が可能のようです。 いつまでたっても、初級コースから抜けられない野郎と付き会いたい女性は 少ないだろうからです。 むしろ、検討除外の明確な指針となってしまう恐れもあります。

まあ、別の異性へのアクセスのポインタくらいにはなるのかもしれませんが。

-----

「出逢い」が難しい時代になりました。

「出逢い」を構築するために、自分ではない、不本意な自分を演出する必要 性に苦しんでいる人も多いと思います。 口ばかりが上手くて、綺麗に装うのが上手い奴だけが、出逢いの門に立てる のだろうかと問われれば、私は自信を持って答えることができます。

その通りです。

ですから、「一緒になって貰うために、地に這いつくばい、泥をすすり、自 尊心を投げうって、彼女の足を舐めるような屈辱を経て、結婚を承諾して貰った」(http://www.kobore.net/mail8.txtより抜粋)と言う、私の尊敬する人の言葉が、私の胸を熱く打つのです。

------

クリスマスイブの今日、私より皆さんに、新約聖書の「マタイによる福音書」 7章13節を贈ります。

「狭い門からはいれ。滅びにいたる門は大きくその道は広い。そして、そこ からはいって行く者が多い。命にいたる門は狭くその道は細い。そして、それ を見いだす者が少ない」

最後に、江端による福音書、第3節A項の第5号にて、今日はお別れしたいと 思います。
皆さん、よいクリスマスを。

「狭い門から入る必要なんぞないし、できれば避けたいのは山々だが、本当の 自分を好きになってくれる人と出逢う為の門は狭い。天国の門なんぞお話にな らんくらい狭い。ナノテクノロジーですら解決できないほど狭い。とにかくうんざりするほど狭い。それを見いだす者は、かなり運が良い」

(本文章は、全文を掲載し、内容を一切変更せず、著者を明記する限りにおい て、自由に転載して頂いて構いません。)

2012,未分類

2002年12月24日
書き人知らず

Tomoichi Ebata さんは書きました: >
> クリスマスプレゼント、と言うことで。

江端さんのひとりごと「英会話スクール出逢い機関論」

共に秀逸なコンテンツでした。
久しぶりに駄文の妙味というものを味わわせてもらったと思います。

> その中の一つに、「クリスマス脅迫症候群」とも言うべきものがあります。

最近は不景気のせいで沈静化した感があったが、まだバブルの残滓が漂ってい た90年代前半頃までは、ホテルが軒並み予約で満杯であったという。 今思えば、当時の若人は何と愚かしい真似をしていたことか。

> 若い頃、私は、
> 一人で街を歩いたら、いかんのか!
> と怒鳴りたくなる衝動にかられていました。

確かに誰彼なく殴りつけたくなるような、荒んだ心象風景を抱えねばならなかっ た時期もあった...(遠い目)

> ともあれ、こういう下らない脅迫観念から離脱できただけでも、結婚は私に
>とって意義があったと断言できます。

この脅迫観念から解脱する解として、もう1つ「枯れてしまう」という解もあ る事を忘れてはなりません。
小生はもう何年も前から、この方法による解脱に成功し、

> いずれにしても、今の私には、街中のクリスマスソングも、電車の中で若い
> 恋人達がいちゃつく様も(そして愚にもつかない彼等の会話も)、まるで、梅が
> 咲きほこる雅な茶会の席で、俳句をしたためながら、ホトトギスの声を遠くに
> 聞くくらい、気になりません。

という境地に立っており、サカリのついたオスとメスが演ずる茶番を、 完全なる「他人事」として相対化する視線を獲得し得ております。

それは、あたかも路傍の石を眺めるがごとき視線です。

イブの本日、みっともなくも若い衆の中には、本当は何の用もないのに そそくさと定時速攻で退社し、周囲にプライベートな用件があることを 無言でアピールする哀しい連中もおります。

無論、解脱した小生はそのようなみっともなさとは無縁であります。

本日は断固として圧倒的に残業を敢行し、小生にはプライベートな用件など 微塵も存在しないことを雄雄しくも広く天下万民に知らしめ、 もって「枯淡の域」とはいかなるものかを、無知蒙昧なる大衆に身をもって 示す所存であります。

※ 本当はね、まるっきり用件がない訳でもなくて、一人で呑み屋に行くの。 そんで、明日は明日で野郎ばかりで寿司屋で呑むの。

2023,江端さんの忘備録

日本人には「三国志ファン」が多いように思いますが、どうも、ゲームから入った方(または、ゲームしかやっていない方)にが、困らされることがあります。

とにかく、私がこれほど明らさまに「うんざりしている顔」を見せているのに、得意気に恍惚とした表情で、三国志の人物名を片っぱしから上げて、悦に入っているのです。

―― 三国志の登場人物を多く知っていれば、インテリである

と思っているのかもしれません。

どうでも良いですが、私に「人名を並べるだけの知識」をひけらかすのは止めて下さい。

迷惑な上、鬱陶しいから。

その程度のことで「感心して貰える人」の方へ、どうぞ。

さて、私はと言えば、吉川英二の三国志を、ティーンの時に読んだだけですが、その時持った感想が、

『孔明。お前、しつこい』

です。

最後の方は、ほとんどゾンビのようで、食傷ぎみになりましたよ。

-----

先日もお話しましたが、今、酒見賢一さんの「泣き虫 弱虫 諸葛孔明」という本を読んでいます。

この本は、ティーンの時に私の感じてきた感想を、ズバズバと書いてくれて、本当に気持の良い本です。

なにより、三国志の主人公格の「劉備」を、とことん「バカ者」扱いしている点が良いです。

劉備の行動の中でも、三国志上最大の見せ場でありながら、しかし、よくよく考えると、低能な指導者の最悪の戦略である、20万人の民衆を巻き添えにする撤退戦のシーンが最高です。

劉備:「お前らみんな江陵に行きたいかーッ!」

民衆:「おう!」

劉備:「本当かーッ!」

民衆:「おう!」

劉備:「わしを信じるかーッ!」

民衆:「おう!」

劉備:「よっしゃ、まずは襄陽で昼飯ダァーッ!」

民衆:「おおう!」

-----

なるほど、あの中国史上、最低最悪の作戦は、「アメリカ横断ウルトラクイズ」の乗りで実施された訳ですね。

ようやく理解できました。

未分類

SILって何だろう


本ページは、 SILに関するコラム(その1) と、 SILに関するコラム(その2) に対してのご批判と、その後のご指導を頂いた、 「真っ赤なレモン @_red_lemon 」さん から頂いたSILに関する有益なご意見を、 可能な限り変更を加えず、掲載したものです。

今回、このような形で、「真っ赤なレモン @_red_lemon 」さんのご意見を 掲載させて頂くに至ったのは、

 

  • 「真っ赤なレモン @_red_lemon 」さん のSILのご解説が、恐しく分かりやすいこと
  • SILに関する基本的な概念を説明する書籍が、現時点において絶無であること
  • 今後の製造業のグローバル対応を考えた時、このご解説の内容は、技術者の皆さんにとって、素晴しく役に立つであろうこと

という理由に因ります。

この度、「真っ赤なレモン @_red_lemon 」さん のご許諾を頂き、この文章を公開 させて頂くことにしました。

なお、本文に関する文責は、全て、この文章を編集した江端智一に帰するものと致します。

2012年11月11日(日) 江端智一

 


Q SILってなんですか?

 

A SILとは、機械の信頼性に関する指標で、平均故障間隔(MTBF:Mean Time Between Failures)という考え方を使います。

簡単に言うと、

「昨日クーラーが壊れたので、今修理してもらった。次はいつ故障しそう?」

「そうだねえ、大体5年後かなぁ」

と言えば、この場合のMTBFは、5年=43800時間 となります。

SILとは、このMTBFで、その装置やシステムの信頼性を示す指標です。ざっくりこんな感じです。

・SIL0:MTBFが10年未満

・SIL1:MTBFが10年以上~100年未満

・SIL2:MTBFが100年以上~1000年未満

・SIL3:MTBFが1000年以上~1万年未満

・SIL4:MTBFが1万年以上~10万年未満

まず、SIL0(シルゼロ)、SIL1(シルワン)、SIL2(シルツー)……という分け方をしているのは、昼定食を「人件費と材料費が1647円の定食」というのを、単に「梅定食」と呼んでいるのと同じことで、単にこうしたほうが、理解と管理がラクというだけのことです。

 

Q SIL1やSIL2というのは分かります。SIL3,SIL4などというものがあるのは何故 ですか。これは、巨大事故発生時の被害者数の期待値と考えれば良いのですか。

 

A SILは製品の期待値がSIL2になるようにするための道具だ、と言ってよいです。

江端さんがコラムで書いている、

>「SIL2の私(原発、電車、旅客機)は、あんたの人生において、1度だけは、あんたを殺すかもしれないよ」ということです。

も、

>つまり、「人を殺すことを前提とした安全」の概念が含まれていると考えれば、SILを理解できるわけです。

も、全くそのとおりです。大局としては間違っていません。

では、私が気になったのはどこか。次の部分です。

>SIL3(MTBF:1000年~1万年未満)やSIL4(MTBF:1万年~10万年)がなぜ必要なのだろう? という疑問が残ります。その答えは「期待値」です。

この考え方の筋道は、的外れです。

SIL3やSIL4が必要な理由は、次の考え方からです。

 


「壊れない」製品を作ることは、できない。(←ここはあきらめている)

そこはあきらめないと、話が先に進まない。

現実を見て物事を前に進められる我々工学の世界の住人は、 理屈にこだわって何もできない人たちよりも、ずっとマシ!

では、どれくらいの頻度の故障だったら、世間は納得してくれるだろうか?



まあ、製品のSILがSIL2だったら、世間は納得してくれるんじゃね?

受容されるんじゃね?

(これは、まさにALARA。納得できるかどうかを厳密に突き詰めることはできない。  人それぞれの価値観の相違があるため、泥沼になる)



それはともかく、最近は部品の集積度が上がった。

「部品の集積度が高い製品」ほど、壊れる確率は高くなっちゃうよね。 どの部品が壊れるか分からないし、製品を使って100年もかかる試験が できるわけないよね。



部品単体なら、加速試験ができるんじゃね?

それに、部品単体のMTBFをすごーく長くしておけば、 製品での試験をしなくてもいいじゃん!

「そ、それだ!」



部品単体のMTBFをどれくらいにすれば、製品の試験をしなくてすむんだろう?

自動車の部品が、約1万個。そのうち、壊れたら安全性に関わる部品は 100個くらい。この100個が壊れなければ安全性には問題ない。

他の部品が壊れても、保証修理でタダで修理すれば済む話だし。

とすると・・・この100個の部品をSIL4(MTBF:1万年~10万年)に できれば、自動車じたいは、ざっと計算してSIL2(MTBF:100年~1000年)だ!



というワケで、部品メーカーのみなさん。SIL4の部品を我が社に納入してください。



部品メーカー「ええ~~!」


どんどんグダグダになっていきましたが、これが真相です。

部品の段階でのSILをSIL4まで上げておくと、 ほとんどの製品(全部品が約1万個、そのうち安全に関わる部品が約100個の製品)で、 ほぼSIL2が達成できます。そのために、SIL4が必要。

安全に関わる部品がもっと少ない場合は、SIL3で足ります。

製品メーカーは、部品代に高いお金を払うかもしれませんが、ラクをします。

なお、SILをいう考え方を自動車業界が強く推進している背景には、 電子部品が自動車に多数使用されるようになった、ということがあります。

電子部品は、機械に比べて部品の集積度が非常に高い。

それまでは自動車の部品を「できるだけ細かいレベルに分けて」数えても、 1万個程度でしたが、電子部品が使われるようになった途端に2~3万個に増えました。 (抵抗1個でもバラして4個と数えるような、極端な数え方ですけれど。)

SILは、「部品の集積度が高い製品」を前提とした考え方から生まれています。

 

Q SILがあって嬉しいことって何ですか?

 

A リスクを抽出し(想定し)、その個々のリスクレベルを全て「社会的に受容できる程度まで低減する」ことです。

これはISOに規定されていることです。

ISOの制定は欧州が主導しており、欧州の考え方の根底には「モノは壊れる。 人は間違える」があります。だから、考え方は「故障をゼロにする」のではな く、「モノは壊れる。人は間違える。それで発生するリスクを含めて、受容で きるレベルまでリスクを低減する。受容できるレベルまで低減されたリスクは、 社会が受け入れるべき」となり、現実的に安全性を確保していこうとしていま す。

つまりは、「社会に受容してもらう」=「人々に納得してもらう。納得させる」 ことも、メーカーにとっては重要になります。

どうやって人々に納得してもらうか。

モノをベースに、客観的な理解を得ようとする取り組みが、SILのような考え 方を導入する動機の一部分としてあります。

通常のメーカーはそうやって、なんとかお客さまや社会に納得してもらえるよ うに努力をしています。

しかし、この考え方には弱点もありました。

例えば、原発の場合、モノを変えずに人を納得させようとしました。

「中長時間の全電源喪失を考えなくて良い理由を作文して下さい」などといった、 モノや実態を見ずに口先だけで人を納得させようとする姑息なやり口をしました。

そして、作文能力の高い人が多かったのでしょう。 優秀な作文がたくさんできたでしょう。

人々は納得させられてしまいました。モノは何も変わっていないのに。 [事故が発生する頻度]は非常に低いものの、ゼロではありません。 それを、ゼロだと思わせ、想定外ということにしました。

 

Q SILが基準としている「物差し」は何ですか。

 

A 人命です。

「SILで想定している『故障』とは、人命に関わるような故障のみを指している」 ということは、知っておかなければなりません。

極端に言うと、

「『安全に停止できるような故障』なら、1年に何回起こってもかまわない」

ということです。

(もちろん、お客さまからクレームが来ないようにしなければなりませんので、  『安全に停止できるような故障』も減らそうとはします。)

 

Q 「SIL4」と言葉で言うのは簡単ですが、1万年以上故障しない部品なんて、 一体、どうやって実現するのですか?

 

A 基本的には電子部品のSIL4などは部品の多重化で達成します。

大雑把に書くと

Aという部品をSIL4にするためには Aの機能を達成する部品を作ります。aとします。

aを試験すると、SIL2でした。

(aの試験は、実際に時間をかけたり、加速試験をしたり、様々な方法で調べます。) aを2個(a1とa2と呼ぶ)、論理的に並列に(or回路、でしたっけ?)組み合わせて、 部品Aとします。

Aはa1とa2の両方が壊れないかぎり正常に機能しますので、

SIL2 × SIL2 = (100年に1回) × (100年に1回) = (10000年に1回) = SIL4

です。 掛け算って素晴らしい。or回路って素晴らしい。

ただこれは、電子部品のような小さい部品だから多重化が可能なのです。

機械部品(歯車とか)では、こうはいきません。

ただしジレンマもあります。

SILには、故障検知という考え方が、どこまでもつきまといます。

SIL2の部品であっても、その部品が故障したことを検知でき、故障検知するこ とで「製品を安全に停止できる」手段があるのならば、「人命に関わるような 故障」には至らないとできます。

できますが、そのためには故障検知するための部品を追加しなければなりませ ん。

そして、故障検知する部品は、たいていはセンサー、電気部品です。

はて?部品の数は減らしたいのに、安全のために部品を増やすとは?では、そ のセンサーが故障したらどうなるのか?センサーの故障を検知するセンサーも 必要?じゃあ、センサーの故障を検知するセンサーが故障したらどうなる の?・・・以下、延々と続きます。

結果として、故障を検知するセンサー部品は、SIL4にせざるをえないことが多 いです。

センサーがSIL4であれば、[SIL4のセンサー]と[SIL2の部品]を論理的に直列に 組み合わせることで(and回路にすることで)、「製品を安全に停止できる」 道は切り開けます。

ただし、センサーという部品が増えるということ自体の解決にはなりません。

なお、どうしてもSIL4の部品を論理的に直列に10個組み合わせた部品を使わな ければならない場合もあり、その場合は組み合わせた部品のSILはSIL3に下がっ てしまいます。

([SIL4]+[SIL4]+・・・+[SIL4]=[SIL4]×10=[SIL3])

そういう事情を勘案した上で、「SIL4の部品を論理的に直列に10個組み合わせ た部品」にはSIL3を割り振ってあげるという措置も必要になってきます。

 

Q ソフトウェアSILというのが、まったくチンプンカンプンです。 「ソフトウェアが1万年故障しない」という概念を、どうやって導き出すので すか?

 

A 天が導き出します。

製品の場合は、初めに機械の仕様を定めます。

「この製品は、10年の寿命(使用)を想定する」とか

「この製品は、30年の寿命(使用)を想定する」とか。

その時点で決定です。

部品の場合は、システム内の各部品に割り当てられます。

「各部品がそれぞれSIL0~4のどれであれば、システムとしてSIL4を達成できるか」 を検討して決定し、割り振るのが、『Vモデル』の前半です。

『Vモデル』の後半で、それが達成できているかをテスト・検証します。

 

Q 「SILが達成された」は、どういう状態を言うのですか

 

A SILが実現できていなかった際には、「どの過程が悪い」とか「どの部品が悪い」とか「どの人が悪い」ということを明確に突き止めることができる状態を言います。

原則的には、自動車を初めとする機械製品に使用される電気電子部品も、 JISB9700-1の枠組みでリスクアセスメントをしリスク低減をし、安全性の確保 を図ることになります。

ですが、そこから話を始めるのでは、電気屋さんやソフト屋さんには敷居が高 すぎます。

「要は、我々は何をしたらいいんだ?」ということで、自動車に使用される電 気電子部品およびソフトウェアの機能安全に特化して定めた規格が、ISO26262 です。

ISO26262の考え方はJIS B9700-1と同じで、「リスクを低減すること」です。

(リスク=[事故が実際に発生した時の重大度(被害の程度)]×[事故が発生する頻度])

こういう枠組みは、責任の所在を明確にするという目的があります。

ISO26262をきっちりと理解し準拠していれば、「SILが実現できた」と言える 枠組みになっています。もしも製品のSILが実現できていなかった際には、 「どの過程が悪い」とか「どの部品が悪い」とか「どの人が悪い」ということ を明確に突き止めることができる、という枠組みです。

たとえば、「製品のSILを元に、各部品にSILを割り振ることができる」ことが 適切に行えなければ、SILが実現できません。割り振った人が悪かった、とい うことになります。

「それじゃあ、結局は人の能力の良し悪しによって製品の安全性が左右される じゃん!」と思われるでしょうが、そうではありません。

認証という話があります。

認証は製品自体のみに行われるのではなく、「製品の安全性に関わる組織」に 対する認証も含まれます。組織内のマネジメントによって適切な能力のある人 材を育成し、適切な人材を配置する(組織マネジメントの)システムが構築さ れているかを監査し認証します。

ですから、「製品のSILを元に、各部品にSILを割り振ることができる」ことが 適切に行えなければ、「そういう人をその業務に携わらせたのが悪い。組織マ ネジメントのシステムの、不備」と結論付けられます。

認証の話に首を突っ込むと、「メーカーに認証を与える機関」に認証を与える 機関やら、『「メーカーに認証を与える機関」に認証を与える機関』に認証を 与える機関やらといった、何がなんやら分からない話が待っています。またし ても、長ーい説明に突入してしまいます。

 

Q なぜ「SIL」の分かりやすい本や解説がないんですか

 

A 製品の安全性に関わる業務をしている人は、忙しすぎるからです。

製品の安全性については、部分的に理解をしている人は多くいますが、それで は全容が語れないのです。全容を理解して語るには、基本原則から実務(具体 的に何をすればいいの?)までを、浅く広く知っていなければ難しい。予備知 識として知っておかなければいけないことが多すぎます。

そして、そういうことをやりたがる人は少ない。いや、仮にやりたがる人が多 かったとしても、多くの人が予備知識を身につけるには、時間がかかりすぎて (コストがかかりすぎて)現実的ではない。「ごく少数の、知っている人だけ が知っていれば良い」という状況になっています。

「分からないことがあれば、そのごく少数の人に尋ねればいいではないか」と。

なので、「具体的に何をすれば良いか?」を尋ねてくる人に回答やアドバイス を与えることだけで忙殺されます。ちょっと詳細に背景や目的まで解説しよう としても、すぐに「もういいや」と言われます。メーカー内でもそんな状況な のに、社会に向けて一般の人に説明しようとすればどうなるか。途中で「ああ、 もういいや。なんやら分からんけども、メーカーでしっかりとやってくれれば いいんだから」と聞くのを諦められるのが必至。

だから、「忙しい」のと「解説を理解してもらうことを諦めている」のが、解 説をしない理由です。

こぼれネットへ戻る

2012,江端さんの忘備録

皆さんが「安全」と考えているものと、制御システムで定義されている「安全」は、随分違います(が、今日はこの話はしません)。

今、「原子力安全工学」という資料を読んでいるのですが、なかなか怖い記載があったので、一部ご紹介など。

-----

■スリーマイルアイランド原発事故においては、

設計時には想定されていなかった運転員のエラーにより事故が発生し、中央制御室は、100を越える警報が一斉に点灯して、何が起きたのか判断できなくなる状態になったそうです。

これを、「クリスマスツリー(警報雪崩)」と呼ぶのだそうです。

映画では良く登場するシーンですが、できれば、こういう「微笑ましい」とは対局にある光景を見ることなく、一生終えたいものです。

ともあれ、多重安全設計で「がんじがらめ」にされている巨大システムが、ささいな運転員の操作ミスで、驚くほど呆気なく崩壊していくという、最良の実施例を提供することになりました。

比して、

■福島原発事故においては、

全電源喪失となり、いわゆる

「逆クリスマスツリー(警報無言)」(命名 江端)

となった訳です。

今まで、ピカピカ点滅していた装置、監視用モニタ、そして原発の健全性を証明する計器が、一瞬で全部沈黙。

叩こうが蹴ろうがピクとも動かない。

こっちも、映画では良く登場するシーンです。

映画の場合は、スリル感を盛り上げるために、徐々にシステムが壊れていくシナリオになりますが、こちらは、映画よりももっと壊滅的。

これでもか、これでもか、というくらいに、うんざりする程、多重に準備されたバックアップ電源が、津波による水没で一気に(多分1分内くらいで)全滅。

-----

制御システムに関わる者として、また、既婚者として、「クリスマスツリー」も「逆クリスマスツリー」もいりません。

何も起こらない、普通の日常が一番いいです。

2012,江端さんの忘備録

私、ドラマが嫌いで、アニメを見るのが好きです。

嫁さんは、この真逆です。

従って、夫婦でテレビを見るというのは、かなりのレアケースです。

「なんでかな」と考えてみたのですが、アニメというのは、結構いい技術研究ネタが仕込まれているからかもしれない、と考えてみました。

ロボットとか、戦艦とかでは、それなりの機械工学の知識が含まれていないと、理系男子でなくとも、薄っぺらく感じてしまいます。

時空間(タイムトラベル)ものにいたっては、相対論やら量子論までもを配慮したシナリオが記載されているし、遺伝子関係についても相当の専門分野の話が入ってきています。

『見ていると、なんか賢くなった気がする(正確には、分かったような気がする)』という魔力が、(ある一部の)アニメにはあるのです。

特に、私のように、技術ネタでコラムを書く人間にとっては、ネタ元としては、結構、舐めてかかれない程の情報が含まれているんですよ。

・・・というのは、多分建前で、まあ、好きなんですよ、私は。特にSFのアニメは。

ただ、私の嗜好が強すぎて、同時に2つ以上のアニメを継続して見る、ということが滅多にありません。

もっと技術的に難しくて、専門的で、基本的には筋が通っていて、技術者が主人公である。そういうアニメは、なかなかないものでしょうか。

# イメージとしては「さよならジュピター」だけど、映画化だけでなく、アニ化メまで失敗されたら、私は立ち直れない。

さて、それはさておき。

-----

SF以外のアニメの設定では、「不良」「部活」そして「生徒会役員」を扱うものが多いようです。

部活も、かつてはスポーツ部と決まっていたものです。

しかし、最近では、文系も多くなっていますね。漫研、文芸部、ブラスバンドなどはあったのですが、軽音、古典部、かるた部とか、(すみません。ちゃんと見ていません)

―― すごいダイバーシティだ、と思います。

私の世代から見ると、このダイバーシティ(またはバラエティ)は、とてもうらやましい。

-----

ダイバーシティと言えば、今や「武装する図書館のアニメ」まであるくらい(すみません。見ていません)なのですから、どうでしょう、いっそうのこと、

○政権党(内閣を含む)と野党を取り扱うアニメ

○島の領有権を争う多国間の思惑を取り扱うアニメ

○列強によって分断された国家を取り扱うアニメ

など、誰か企画してみませんか。

なんか、ツイッターを追ってみると、どうもこの手の話題になると、表層的な感情論で、簡単にヒートアップする内容が多くて、正直うんざりしています。

なんの為に、私達は義務教育や受験で、世界史や日本史の勉強をさせられてきたのやら、と溜息がでてきます。

-----

「歴史」という教科の存在意義は

(1)過去において、この手の隣国間のトラブルなんぞ腐る程あり、

(2)概ね時間の経過(まあ、3ヶ月も必要ない)で軽く忘れ去られ、

(3)忘れ去られる前に、一部の馬鹿が火をつけて、時々回復不能な事態(戦争等)に発展させてしまったこともあり、

加えて、

(4)外交上「白黒はっきりさせない」という戦略が、過去において相当有効に働いてきた

という史実(歴史的事実)を学ぶものだと、私は思っています。

「いい国(1192)作れず、鎌倉幕府」などという、下らない暗記をすることが、歴史の勉強の目的ではないと思っています。

『今回の事件は、過去のあの事件に似ているなぁ』と冷静に把握し、可能な限りの背景事実を収集した上で、筋の通った論理的な主張をすることは、正しいかどうかはさておき

―― かっこいい、とは思う。

-----

ジオン公国と地球連邦政府(すみません。ガンダムのストーリー全く知りません)の歴史を知る、その気力の1/10で十分です。

隣国と自国の歴史を勉強してみることは、結構良い方法であるし、現実に必要であると思うのです。

でも、多分そんな、楽しくもないこと、誰もやりゃしませんよ。

ならば、いっそ、アニメという手段で、国際政治な動きの裏側を、軽いノリと笑いで表現して、隣国を理解するというのは、良い方法だと思うのですよ。

-----

いや、難しくないですよ。

我が国の首相や内閣のメンバ、隣国の大統領や中央政治局常務委員を、全員、

「美少女アニメキャラクター」

として制作すれば足ります(多分)。

半分くらいは、真面目な提案です。

2012,江端さんの忘備録

誰も私を「キャバクラ」へも「メイド喫茶」へも連れていってくれません。

「『江端が怒り出す』と思うから」という理由なのだそうです(以前も書きましたが)。

私にはよく分かりませんが。

-----

「キャバクラ」とは何かを調べてみました。

◯「キャバクラ」は、日本人特有の和製英語で、「キャバレー」と「クラブ」の合成用語

◯歌や踊りのショーを見ながら、お気に入りの女性(ホステスさん)と会話やダンスを楽しむことが発祥で、クラブほどは高くないが、気軽に若い女の子と会話が出来るという、接待サービスの一態様。

◯料金の単位は「1人・時間」

次に料金の相場を調べてみました。

◯基本的に60分5千円で、延長が可能(自動延長もあり)。但し、飲食料金を含まない。楽しく酔っ払って気付くと4時間経っていて、伝票を見ると「3万2000円」ということもある。

◯「事後一斉清算」と「前払い」の2種類もある。当然、店側から見えれば前者が望ましい。

◯「7時~8時4000円/8時~9時5000円/9時以降6000円」くらい。

◯実施例

午後9時から2時間飲んだ場合

基本料金:6000円として2時間で1万2000円

指名料:2000円として2時間で4000円

女の子へのおごり:1000円の飲料を2杯 2000円

--------------------------------------

総計 1万8000円

ここにTAXが加わって、ざっくり 2万円

-----

インモラルな行為もなく、ただ会話をするだけで2万円。

他のサラリーマンは、私とは別口の給料が支払われているのだろうか。

そして、そこでは、一体どんな凄い話術が展開されているのか。

NHKでやっている「日本の話芸」に匹敵するクオリティなのだろうか。

私が、『制御システムのリアルタイム性能』についての話題を振っても、ついてきてくれるんだろうか。

もしかしたら、私が見落しているサブシステムの性能についても、指摘してくれるのかもしれない。

とすれば、「2万円」は、決して高くない。

-----

なんで、私が、キャバクラについて調べているかというと、先日の打ち合わせで、

「次回の定例報告の資料作成については、作成者として江端を『指名』する」という偉い方の指示があったことに起因します。

「指名された私には、一体いくらの「価値」があるんだろう」と考えたのですが、よく分かりません。

そこで、ケーススタディでアプローチしてみることにしました。

そもそも「指名」という「価値」が、一般的に使われている世界はどこだ。

そういえば、「キャバクラ」と称呼される遊興システムに、「ユウコさーん。1番テーブル御指名でーす」というセリフがあったような気がする。

とりあえず、その世界から調べれば、何か分かるかもしれない。

―― と、まあ、そういう経緯に因る訳です。

-----

でも、キャバクラの指名料って、1時間2000円程度なんですね。

これなら、多分私の方が高い。

# 根拠はないけど、そうとでも思わないと、仕事なんぞやっていられない。

2012,江端さんの忘備録

国会議員は、国民の信を受けて当選を果すものですから、そこに「信」以外の条件、例えば、財力、学歴、知識、体力、健康状態、愛人関係等は、全部無視して選ばれるべきです。

まあ、資産に関しては、

政治倫理の確立のための国会議員の資産等の公開等に関する法律(平成四年十二月十六日法律第百号)

というものがあるようです。

(私の見落しがない限り、虚偽報告に関する罰則がないみたいです。私に間違いがあれば指摘して下さい)

-----

「資産」の開示も大事ですが、私としては、国会議員の「見識」を開示をして貰いたいのです。

採点なしで結構です。

解答用紙の内容は全部国民に開示される、ということだけで十分です。

内容は、できるだけ簡単な問題が良く、2~3行程度の論述(図入りでも良い)をして貰うもので、全部で50問程度でどうでしょう。

例えば、

「国内法と条約の内容が矛盾した場合の法解釈について述べよ」

「現在の国内GNP,GDPと国家予算の額(概略)を記載せよ」

「死刑制度に関する私見を述べよ(但しノーコメントと記載しても良い)」

とかになるでしょうか。

私としては、この問題を入れて貰えれば、文句はありません。

「軽水炉型原発の構造図を簡単に図示せよ」

「シーベルトとベクレムの違いを簡単に説明せよ(誤植があれば、それを修正して解答すること)」

-----

まず、年に1回の試験の実施と、または選挙公示前の立候補者の事前試験として、法律で制定します。

勿論、試験問題の流出がないように、国家から完全に独立した第三者機関(というのが可能かどうかはさておき)が管理し、公平に実施します。

点数を付ける必要はありません。

ただ、全国会議員または、立候補者の解答用紙をWebで開示して貰えば十分です。

-----

この解答用紙は、選挙の時に大変役に立つと思います。

政権放送なんぞ聞く必要はありません。

消去法で簡単に候補者を絞れます。

忘れがちなのですが、国会とは立法機関(法律を作る組織)なのです。法律に関する基本的な知見もない人を選ぶことはできません。

また、行政庁の長となるべき人が、「原発の仕組み」や「放射能の単位」ごときを理解していないとすれば、到底、国政を任せる気にはなりません。

2012,江端さんの忘備録

記事か見出しだけで、新聞を判別できるだろうか?、という、研究的な興味が湧いてきて、ちょっと書き下してみました。

■読売新聞・・・「ということにすべきである」

基本的には保守で、時々空気を読まない(KY)記事が登場する。

先日、「我が国はプロトニウム最大所有国で、核保有国と同等の軍事脅威を持っている」という社説で、日本中から「それを言っちゃあ、おしまいだろう」と突っ込まれていた。

■朝日新聞・・・「ということに対して、我々はいかに考えていくべきであろうか」

インテリ風の教師が生徒に考えさせる風の「上から目線」記事が、タカビーで「ムカッ」とくる。結論を明確にしない記事(新入社員が最初にやるプレゼンで、要旨不明で上司に怒鳴られるような内容)が多い。

■毎日新聞・・・「という国民の民意を政府は反映すべきだ」

「政府は国民の意見を全て無視して、独断先行している」という内容なら、まず間違いない。平易な文章として記載しているのは、努力しているからと評価したい(記者の知的レベルが低い訳ではないだろう)

■日経新聞・・・「という39%のデータより、株価の水準が・・・」

「数字が真実」であり、「堅調な経済が正義」である、という、一番解りやすい方針を、一番解り難く説明する記事が特徴(数字の意味の理解が難しい)

■産経新聞・・・「というように集団自衛権の行使は・・・」

保守バンザイ。「基本的に政府の方針は間違っていないぞ」の論調なら、まず間違いない。

■赤旗新聞・・・「というような、我々の生活を破壊する消費税は許せない」

基本的に国民が嫌がりそうな事件(増税等)の記事が多いが、その場しのぎで、事件の全体感が見えない。特に桁の多い数値を扱う記事については、絶望的にダメ。電卓やセクセルを扱える記者がいないと見た。

■聖教新聞・・・「創立80周年の大勝利万歳!」

基本的に「恐い」。『大勝利万歳!』が一面トップに出てくると、<北>を彷彿してしまう。もしかしたら「聖教新聞」という名前の、別の雑誌名なのかもしれない。

-----

その他、前進(中核派機関紙)とか、解放(革マル派機関誌)も調べたのだけど、Googleの画像検索ですら発見できなかった。

# 過激で訳が分からない見出しが印象的だったんだけどなー。

なんとか思い出してみよう。

「階級的闘争を経て、米帝の体制的な行きづまりと日帝侵略戦争の帝国主義打倒粉砕へ全人民的怒りを結集せよ」

うーん、覚えている単語を並べただけだけど、それらしい見出しになりました。

-----

また、暇を見つけて、調べてみます。

2012,江端さんの忘備録

「給食が食べれない子供時代を経て為に、病気になってしまった大人」って、いるのでしょうか。

昔、給食が食べられなかった子供を、先生達は、居残りさせてまで食べさせていました。

醜悪な光景でした。

あれは意味があったんでしょうか。

多分、先生達も「馬鹿くさい」と思っていたと思うのです。

でも、学年指導教官の指示なので従わなせければならず、指導教官は、校長の指示なので従わければならず、

で、校長は戦後世代の「食料のない時代」に育った子供達だった、と。

「食事を残す」ということが、憎悪に近い行為であったといのは想像に難くないのですが、逆の発想はできなかったのでしょうか。

『戦後の、あの地獄のような食料危機を、俺たちは生き残ってきた』

『給食くらい抜いたって、人間は死にやしないぞ』

『わっはっはっは。』

無理か。

無理だろうな。

-----

私達だって、似たようなものです。

新人が入ってくる度に、

「新人類」

「ゆとり世代」

「くれない君」

だのと、まるでレッテルを張って「新人を苛める」ことが、まるで我々の業務であるかのような振舞い。

そして、我々はというと、

昔は寮が狭かっただの、席が汚かっただの、パソコンが奪いあいだっただの、TSSで計算ジョブを走らせただの、ワークステーションをプロセス過多で落したの、X端末やモザイクがなんだの、イエローケーブルがどうだの、

ああああああ、まったくもって「うるさい!うるさい!うるさい!」。

おめーらが、不幸だった時代を、なんで俺たちに、いちいち教え聞かせるんだ。

それで、なんか、お前らに「救い」でもでもあるんか。鬱陶しい。

―― と、私も思われているのでしょう。

とても残念なことですが。

-----

給食を食べれない子は、給食を食べれなくて良い。いつか食べれるようになるかもしれないし、ならないかもしれない。

仕事ができない新人は、仕事ができなくて良い。いつか仕事もできるようになるかもしれないし、ならないかもしれない。

我々が劣悪な環境で苦労してきたかもしれない。その苦労は、大変だったかもしれないし、大変でなかったかもしれない。

-----

「他人のことなど、どうでも良いことだ」

という観念に至るのは、やっぱり難しいことなのでしょうか。