2025,江端さんの技術メモ

はい、Mouse without Borders はホストを含めて最大 4台のPC まで接続して動作します。
したがって、今お使いのホストPCに加えてあと2台、合計3台のマシンを同時に制御することが可能です。

  • ホストPC … 実際にマウス・キーボードが接続されているPC

  • クライアントPC … 追加で操作するPC(最大3台)

設定画面で各PCのセキュリティコードコンピュータ名を入力すれば、3台構成でも問題なく利用できます。

もし希望があれば、3台目を追加する際の具体的な接続手順も説明できます。

中央

右側

左側

現在3台のマシンがあります。

左側の設定画面です。
問題点は 
(1)中央のマシンのマウスは、中央と右側を動き
(2)右側のマシンのマウスも、中央と右側を動き
(3)左側のマシンのマウスは、左側と中央を動き

3台共通して動かないということです。対処方法を教えてください

画像3枚を確認しました。状況を見ると、Mouse without Borders の「接続」が中央と片側のPCだけで完結していて、3台を一つのマトリックスとして認識できていません。
これだと、中央マシン経由の2台運用はできても、左 ↔ 右 の直接移動ができない状態になります。


原因

  • 全てのマシンが同じ「Security Key」と同じネットワーク上にある必要がありますが、現在はそれぞれの接続が部分的にしかリンクしていません。

  • 3台を同一の「Computer Matrix」に登録する設定が完了していません。
    (現状は、中央–右、中央–左のペア接続になっている)


対処手順(全台で共通設定にする)

  1. Security Key を統一

    • 左・中央・右、すべてのマシンで「Shared encryption key」の値を同じにします。

    • 今回の画像を見ると左と中央は tS3_hJ5-jK7_fD9/、右は非表示ですが違っている可能性があるため、手入力で合わせます。

    • 入力後「Apply」を押す。

  2. 全マシンを互いに認識させる

    • 各マシンの設定画面で、右下の「Go through the setup experience」をクリック。

    • 表示された「This is the new computer」に、ホスト(マウス・キーボードを使う中心PC)のSecurity Keyとコンピュータ名を入力。

    • これを、全てのマシン間で行い、3台すべてのサムネイルが表示される状態にする。

  3. Computer Matrix の並びを調整

    • 設定画面で3台のサムネイルをドラッグして、物理的な配置(左・中央・右)と同じ並びにする。

    • 「Two Row」のチェックは不要なら外す。

    • 「Apply」を押して保存。

  4. テスト

    • いずれかのマシンからマウスを動かし、左右両方向に移動できることを確認。

    • 全台でキーボード入力も共有されるか確認。


💡 ポイント

  • Mouse without Borders は全員が同じ Security Key を共有し、全台が同じ「Computer Matrix」に表示されている状態でないと、完全な3台運用になりません。

  • 途中のマシン経由でしか動かせない場合は、片方のPCがもう一方を認識していない証拠です。

2025,江端さんの忘備録

野球もサッカーも、他人がボールを追いかける姿に一切の興味を持てない。
I have absolutely no interest in watching other people chase balls in sports like baseball or soccer.

ギャンブルは、統計的に期待値がマイナスである時点で論外。
Gambling is a non-starter the moment you realize its expected value is statistically negative.

酒を飲んで酔ったふりをしながら、女性に追従を言われる時間など、人生の浪費でしかない。
Pretending to be drunk while being flattered by the opposite sex over drinks feels like nothing but a waste of life.

友人と呼べる存在もおらず、人が集まる場所には反射的に身構える。
I have no one I’d call a friend, and I instinctively tense up in crowded places.

特に「飲み会」という儀式には、もはや嫌悪感すら通り越して諦念を覚える。
As for drinking parties—those social rituals—I’ve moved past disgust into pure resignation.

場を盛り上げる努力を強いられるくらいなら、ひとり自宅で乾ソバをゆがいて麺つゆを作って、すすっているほうがマシ。
If forced to contribute to the party mood, I’d rather stay home, boil some dried soba, make dipping sauce, and slurp in solitude.

人から賞賛を受けても、それを素直に喜ぶ能力が著しく欠如している。
Even when praised, I struggle to accept it with genuine joy.

むしろ、「お世辞」か「下心」の二択だと警戒してしまう。
More often, I interpret it as either flattery or ulterior motives.

達成感もない。充実感もない。帰属意識も、承認欲求も、そして自己肯定感も、ない。
No sense of achievement. No sense of fulfillment. No belonging, no need for validation, not even a shred of self-esteem.

──これは誰か。
Who is this person?

私です。
Me.

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昔は、
Once upon a time,

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しかし、極めて希ではありますが、
Rare though they may be,

テニスやスキーを通じて自己鍛錬に励み、
I refine myself through tennis or skiing,

優れた人格と孤高な精神を有し、
possess outstanding character and a solitary spirit,

高い理想に燃え、
are driven by lofty ideals,

皆から慕われ信頼され、
are admired and trusted by all,

そして、当の本人がその優れた資質に気がついていないことから「歩く人徳」と呼ばれる人物もいます。
and are even called "walking virtue" precisely because they remain unaware of their own excellence.

私です。
That was me.

1997/06/27 江端さんのひとりごと「直撃」

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って、書いていたんですけどね。
That's what I wrote, back then.

人間っていうのは、変われば変わるものです ―― 本当に。
People change. Truly, they do.

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つまり、私は、部屋の中で、コラムか論文か特許か報告書かプログラムを書いていることしかできない人間なんですよ。
Put simply, I’m a person who can only write columns, papers, patents, reports, or code—within the confines of my room.

皆さんが、目くじら立てるようなたいそうな人間ではありません。あまり迷惑かけないつもりなので、静かに放っておいて下さい。
I'm not someone worth fussing over. I intend to bother no one, so please, just leave me be.

それはさておき。
But, that aside—

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とは言え、私も「新しい技術」には目がなくて、色々試してみたいという欲望だけは、人一倍あるようです。
That said, I do have a particular weakness for new technology—and an above-average urge to tinker with it.

「推しの技術」という言葉があるかどうかは知りませんが、「推しのアイドル」とか「推しの声優」とか「推しのキャラクター」なんてものと、基本的な構造は同じです。
I don’t know if the term "favorite tech" exists, but structurally, it's no different from having a favorite idol, voice actor, or fictional character.

違うのは、「課金」の方向性です。
The only difference lies in where the money goes.

私は、握手会や、限定グッズや、リアルイベント、聖地巡礼、推し活ノート作成、さらにはライブ配信の投げ銭やアクスタ(アクリルスタンド)収集などには、一円たりとも散財したいとは思いません。
I have zero interest in spending even a single yen on handshake events, limited-edition merchandise, real-life fan gatherings, pilgrimage tours, fan journals, livestream tips, or acrylic stand collections.

けれど、最新の技術書や英語論文のサブスク、実験用クラウド環境や新しいAPIの有料プラン、そして最近では生成AIの有料枠や推論用GPUサーバに対しては、金銭的ブレーキが一気に壊れます。
But when it comes to the latest tech books, English journal subscriptions, experimental cloud environments, paid API plans, and—most recently—premium AI services or inference-ready GPU servers, all my financial brakes come off.

特に、生成AIについては、単なるエンドユーザではなく、技術的な利用を色々試しています。
Especially with generative AI, I’m not just a consumer—I experiment with it on a technical level.

で、先日、GPU付きのPCを購入してしまいました(我が家にあるPCの台数は、もう数えるのも面倒です)。
So, the other day, I bought yet another GPU-equipped PC. I’ve lost count of how many machines I own now.

目的は、ローカルLLMです。
The goal? Running a local LLM.

正確には、ローカルで動作する「マルチモーダル生成AI」ですが、ここでは便宜上「ローカルLLM」と呼ぶことにします。
Strictly speaking, it's a locally-run multimodal generative AI—but for simplicity, let’s just call it a local LLM.

ローカルLLMとは、インターネットに接続せずに、自宅のPCだけで大規模言語モデル(LLM:Large Language Model)を動かすことができる仕組みです。
A local LLM is a system that runs a large language model entirely on your home PC, without requiring an internet connection.

簡単に言えば、「ChatGPTっぽいものを、自分のPCの中で自前で動かしてしまおう」という話です。
Put simply, it’s about running a ChatGPT-like model privately on your own hardware.

通信遮断されたオフライン環境でも、誰にも履歴を覗かれず、誰の検閲も受けず、ひたすら自己完結的に対話できる。
Even in a fully offline environment—no prying eyes, no censorship—you can hold conversations in total solitude.

もちろん、OpenAIのような商用サービスを使えばもっと手軽にLLMを使えますが、それでは通信環境や料金体系、データの秘匿性の面で不安が残ります。
Sure, you can use commercial services like OpenAI’s for convenience—but there are always concerns: internet access, pricing structures, data privacy.

私のような「自分の部屋の中で全て完結させたい人間」にとっては、ローカルLLMはまさに「理想の相棒」と言えるものなのです。
For someone like me—who wants everything to stay within the confines of their room—a local LLM is the perfect companion.

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で、昨日、ChatGPTの支援を受けながら、映像の内容を「説明」するローカルLLMの構築を、購入したPCに実装していました。
Yesterday, with the help of ChatGPT, I implemented a local LLM that can describe visual content—right on the newly built PC.

画像用LLMの立ち上げ方

ある写真をプログラムに読み込ませたら、一発で、
I fed it a single photo, and right away, it returned:

「毛皮の上に乗っている、青い目をしたネコ」
"A blue-eyed cat sitting on a fur blanket."

と説明を返してきました。
Just like that.

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外の世界との接点が、ますます必要なくなっていく実感があります。
I can feel my need for the outside world gradually fading.

技術は、私を助けると同時に、世界から切り離していく存在でもあるのです。
Technology, while supporting me, is also quietly isolating me from the world.

インターネットすらも不要として、「ローカルLLM」と共に生きて、そして、死んでいく ーー そういう『究極のひきこもり』は、もう始まっています。
The age of the “ultimate shut-in”—living and eventually dying alongside a perfect companion that doesn’t even require the internet—has already begun.

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https://www.kobore.net/tennis.txt.html

江端さんのひとりごと
「直撃!」

「スキー」と「テニス」をこなす男。

こういう奴は、昔から鼻持ちならない嫌な野郎と決まっています。

テニスサークルやスキークラブ何ぞに入って、若い女性を物色し、練習にかこつけて体を触ったりするセクハラ野郎で、男性は勿論女性からも極めて評判が悪い。

けれども、一通り技術力はあり、コーチ不足のサークルの状況からそいつをキャプテンにするしかなく、キャプテンになればなったでさらに増長するそいつは、表向き『人気者』ですが実は誰からも嫌われていて、当の本人だけがそのことに気がついていないものなのです。

しかし、極めて希ではありますが、テニスやスキーを通じて自己鍛錬に励み、優れた人格と孤高な精神を有し、高い理想に燃え、皆から慕われ信頼され、そして、当の本人がその優れた資質に気がついていないことから「歩く人徳」と呼ばれる人物もいます。

私です。

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学生時代前半の私は、「テニス」や「スキー」などをやっている奴を軽蔑していました。

私は、80年代後半のバブル景気の中で騒いでいる日本の中で、政治的な「リベラリスト」を名乗って粋がっていたのですが、ある事件を境に劇的な『転向』を果たしてします。

そして、それ以後は、勉学とアルバイトの日々を過ごし、冬になるとスキーに狂う普通の学生として、普通の学生生活を過ごすことになります。

一方、テニスの方は社会人になってから始めました。

会社のテニス部に入部するときには、相当自分の心の中に抵抗がありました。

『硬派の論客で知られるこの私が、あのようなキャピキャピした、軽薄で、やたら軽い話題明るい笑い声にに支配された、あのような空間に入り込めるだろうか?』

この恐怖感はちょっと説明が難しいのですが、敢えて説明するのであれば、「昨日まで甲子園を目指してきた坊主頭の熱血野球部の部員が、地方大会の決勝に敗れ、突然夏休みの予定が空白となり(甲子園に行けると確信している辺りが、若さゆえの愚かさである)、似合わない服と坊主頭の髪を脱色して渋谷あたりをうろつくような恥ずかしさ。」あたりが妥当かと思います。

まあ、とにかく私にとって、テニスを始めることはとても恥ずかしかったのです。

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元々私は、とにかく小学校4年生の段階で(女子も含んで)クラスで一番足が遅く、唯一逆上がりが最期まで出来なかった運動音痴の児童でした。

ですから、私は、自分の運動能力がどの程度であるかを誰よりも正しく認識していました。ことスポーツにかけては「地道な努力」などという行為が一切無駄であることを知っていました。

私は、スキーの技術を取得する過程で、自分で何百回練習しても直らなかったフォームが、コーチの一言で劇的に修正されると言う事実を知っていましたから、スキーに2回行ける旅費を1回に全額突っ込み、終日スキースクールに入り浸っていました。

その結果、スキー同好会の後輩から、『江端さんってスポーツ万能なんですね。』などと大変な誤解されるようにまでなりました。

勿論彼は、私が持ちうる財の限りを尽くして、スキーに賭けていたことをしりません。

私は今でさえ「逆上がり」ができず、サッカーのリフティングは最高5回、時々腕相撲で嫁さんに負けそうになります。嫁さんをおぶって「3歩歩めず」状態だった時には、嫁さんの表情に『後悔』の文字を見たような気がします
(*1)。

とにかく、『スポーツ技術取得は手っ取り早く「金」で片を付ける。』とは、私の不動の信念となっているわけです。

(*1)「『軽い嫁さん』と記述することを忘れるな」、と嫁さんからしつこく念を押されています。

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テニススクールは、今の会社に入所して以来、ずっと通っています。

時々、突然スクールがつぶれたり、派遣になったり、あるいはコーチがへたくそだったりして、よくスクールを換えましたが、現在もストレス解消として週に一度はコートに出て汗を流すようにしています。

先週の金曜日、仕事を終えてから、私は東海道本線と小田急線のプラットフォームになっている藤沢駅の近くにある、イトーヨーカ堂の屋上に向かいました。

プラスチックの滑り止めタイルで敷き詰められた3面のテニスコートは、真っ白な水銀ランプに照らされていて、そこでは常時テニスの講習会が行われています。

私は水曜日のC(上級)クラスに入っているのですが、生憎その週は都合が悪く練習日を金曜日に振り替えました。

Tシャツと単パンにはきかえて外の空気に触れると、まだ少し冷たい空気に肌がしゃきっとして気持ちが凛とします。私はこの一瞬が好きです。

ところが、ラケットを軽く振り回しながらコートに出てみれば、Cクラスは全部で20人もいて、とても満足な練習が出来るような状態にはありませんでした。私はがっかりして、今日は練習はできないな、と諦めました。

文句を言おうにも、このスクールは普通のスクールと比べ2~3割も安く、そもそも生徒たちは育成に力を注いでいるところではないことは、最初から分かっていました。

汗がかければよしとしよう、と私は腹をくくりました。

テニススクールの練習は大体ローテーション方式が取られます。

ローテーション方式とは、参加メンバを数個のグループに分けて、それぞれのグループごとに、コーチや他のグループを相手にラリーなどをして、時間毎に交代していく方式です。効率よく、多い人数が同時に練習を行うことが出来ます。

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スクールにもよるのですが、このイトーヨーカ堂のテニススクールは、練習生レベルをあまり高いところには置かずに活動しているようで、その意味では門戸の広いスクールと言うことができます。

しかし、サービスが入らない、ラリーが続けられない、ボレーが打ち返せない、と言うような生徒がごろごろしていて、練習が思うように行えずイライラします。

まあ、それは我慢するとしても、実際問題となるのは『危険』と言うことです。

初心者の場合は、めちゃくちゃな方向にボールを打っても球に威力がありませんから、それほど危険ではありません。上級者の場合は、球に威力があってもコースコントロールができます。

何が怖いって、めちゃくちゃな方向に思いっきりラケットを振り回す『自称上級者』。

こんなに怖い奴はいません。

私くらいのテニススクール経験者ともなれば、スクール内の危険予知の力もそれなりに付きます。

それは、「ボール」を見るのではなく「プレーヤ」を見ることです。

プレーヤの人相や、振り回しているラケットのフォームや、年齢、性別から、その『自称上級者』たちの経歴をずばり決めてしまうのです。

(奴は、自分ではやり手だと思っている営業部の課長で、その実成績は上げられずに、部長あたりに叱られたストレスをテニスにぶつけている。品のない振り回すだけのストロークが物語っている。)とか、勝手に決めつけては、そいつを心の中で『万年課長』と呼んだりしています。

大学のゼミの先輩にそっくりな高校生がいた時は、(ちがうんだなあ、東野さん。ああ、面がきちんと出来ていないからボレーが安定しないんだよ、東野さん。東野さんも、もうちょっとがんばらなければなあ。)と、彼の名前は『東野さん』と決まってしまいました。

まあ、そういう経歴はさておき、私は誰がどこにいてどんな練習をしているかを見極めて、ボールの飛んでこない安全なところで待っているようにしているわけです。

そして、今回の一件は、滅多に外れない私のこの危険予知能力を覆して発生してしまった不幸中の不幸な事件となりました。

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コーチの球出しに合わせて、ハーフボレーからステップしながらネットに近づき、ボレーのあとハイボレーを打ち込む、と言うメニューでウォームアップを終えた生徒たちは、その後4つのグループに分かれ、ストローク&ボレーの練習を始めました。

ストローク&ボレーとは、エンドライン近くに立っているプレーヤーと、ネット際に立っているプレーヤが、ストロークとボレーでラリーを行う練習のことです。

私を含むグループは、ネット側向かって右側のサービスラインとエンドラインの中間の辺りに集まり、ボレーの順番を待っていました。

ボレーヤー(ボレーを行う人)は、ストローカー(ストロークを行う人)がエンドラインから打ち込んでくるボールを、ネットを越えたところで空中で捉え、相手のコートの中に叩き込みます。ストローカーはさらに、この球をワンバウンドで拾い、ボールに回り込み再び正面に立つボレーヤーに照準を定め、ボールを繰り出します。

コートの半面を1秒もかからずに飛び回るボールの速度は、時速数十キロあり、素人でも100キロ以上出すことはそんなに難しくありません(*3)。

このようなスピードの球を応酬し合い、かつ途切れずに続ける事は、ある程度の経験を必要とします。

(*3)プロのサービスの速度は、最大300km/hも出るそうである。

ところが、このクラスでは一番最初に球を出すプレーヤがいきなりネットに引っかけたりして、ボールを待つ私の方は、一度もボールに触れることなく、交代させられます。これが連続して3回続いたときは、私も頭に来ました。

一応金を払って練習に来ているのに、練習をさせてくれないのではお話になりません。ネットの向こう側から『すみませーん』と言う声を無視して列に戻るときに、ラケットを振り回しながらのジェスチャーを込めて、背中で怒りを表現する私でした。

私のグループの中にも一人だけですが、とりあえずきちんとボレーを打ち返せるOL風の女性がいました。

ちょっとふくよかな体型にもかかわらず、体の動きには切れがあり、大きな体から正確なボレーをストローカーの位置にきれいに返していました。

だから私も油断していたのです。

その時私が待っていた位置は、彼女の丁度真後ろでした。

ボレーヤーの真後ろに立っていれば、その位置にはストローカーからの球が飛んでこないはずです。私はもう一組のストローク&ボレーをしている、ストローカーの方に注意を向け、そこから飛び出してくるボールだけに注意を払っていました。

ここでは、私の前方にいるボレーヤーが返球ミスを犯さない、と言う計算での「待ち位置」でした。

事件はその時起こりました。

彼女とラリーをしていたストローカーは、返球されたボールを、ネットを舐めるような絶妙な高さと射るようなスピードで彼女の正面に返しました。

その球は、右利きの彼女の左肩に向かって真っ直ぐ刺さってきました。体勢を崩しながら正面にラケットを構えてバックボレーで応対しなければならない、難しい球筋でした。

しかし彼女は、この球をラケットの面で捉えるのに失敗したばかりではなく、完全にラケットからボールを素通りさせます。

上級者クラスに所属している人間としては決して許されない極めて幼稚極まりない愚かなミスショットです。

彼女の腋を抜けたボールは、勢いを全く減じることなく、真後ろに立っていた私に向けて向かってきます。

私から見れば、突然空中にボールが現れ、襲いかかられたようなものです。

そのボールは、高性能ライフルか、あるいは電子ビームで狙ったかのように、1ミリのずれもなく私の股間に直撃しました。

無論、男性の「股間」と言ってもその領域や危険度には極めて広い状態が存在し、必ずしも致命傷になるとは限りません。

しかし、この時速数十キロの速度のボールは、恐らくこれ以上の効果は望めないくらい正確に私の『金的』の両方を見事に直撃しました。

瞬間、私は自分に何が起こったか分からず、『ウッ』とも『グッ』ともつきかねる短い雄叫びを発し、そして2秒後、気を失いかけてコートに崩れ落ちます。

そして、徐々に痛みがこみ上げてきて、その痛みはこの世の全ての痛みを集めてもかなわない程の痛みに発展し、私はコートのプラスチックタイルをかきむしりながら、コートの上で七転八倒、文字どおり右に左にとごろごろと悶絶しながら転がっていました。

痛みは、単なる股間の痛みから腎臓などの気管にも及び、正常な呼吸もままならず、呼吸困難な状態にまで至ります。

いっそうのこと、気を失ってしまえば楽だったのかも知れませんが、痛みのあまり気を失うことも出来ません。私は仰向けになったまま、焦点の合わない視点を空に泳がせながら、肩で深呼吸をしているしかありませんでした。

なかなか立ち上がれずにコートの中で拳を握りしめ、絞り出すようなうめき声を発しながら悶絶している私に、やっと事態を飲み込めたように上級コース、中級コースからもコーチが集まってきて助け起こそうとし、私はコーチの肩に抱えられて、ようやく立ち上がることができました。

ボレーのミスを起こした女性が、心配そうに「大丈夫ですか?」などと聞いていますが、痛みの余り極限の怒りに達した私は、完全に社交的な振る舞いを忘れ、地獄の底から這いあがり復讐の鬼のような形相のまま、彼女を見据えます。

ただでさえ目つきの悪い恐ろしい人相と言われているこの私が、全身全霊を込めて睨み付けるのですから、彼女でなくとも怯えるのは当然と言えましょう。

私は、彼女をギロッと睨み、私はしばし無言のまま十分に彼女を石のように固まらせた後、絞り出すように低い声で呪詛を吐きつけます。

「この、・・この程度の技量がなくて・・・、よくもここに居られるものだなぁ・・・。」

私に謝罪を受け入れる余地が欠片も無いことを悟った彼女は、顔色を青白くさせて、2、3歩後ろに引きます。

彼女は、たった一言の『済みません』で、概ね事の片付くこの国において、『絶対に許さん!』と言う、未知なる「怨」の文化に直面してしまったのです 。

すでに痛みと怒りで理性回路がけし飛んだ私は、彼女をその場に立ちすくさせ、視線を逸らすことさえ許しませんでした。

私の全身は青白い怒りのオーラに包まれ、安易な気休めの言葉やお飾りの心配の台詞を吐く者が近寄ったら、問答無用でぶちのめす、くらいの状態にありましたし、実際にそうしたと思います。

彼女を顔面蒼白にさせるほどに十分に怯えさせて、最後には(くたばりやがれ!)と言う視線で彼女を切り捨て、私はコーチに支えられながらコートの外に退場していきました。

私を運びながら、コーチは『まあ、仕方のない事故ですから・・。』と語りかけていましたが、少なくともこの台詞は痛みで悶絶中の人間に語りかける台詞ではありません。

普段調子のいいお愛想を連発する私ですが、本気で怒ったときは一言の口も聞かない冷酷な人間となります。学生時代の私を知っている友人達は、こういう状態の私を称して『氷の江端』と呼んでいたのを私は知っています。

状況を深刻にさせたくないコーチ思惑を、真っ向から否定し、私は彼らを冷酷に無視し、痛みと怒りでゆがむ表情をこれみよがしに見せ続けたのでありました。

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私はその日、練習の続行は不可能と判断し、コーチの勧めもあってアパートに帰ることにしました。

コーチは『今日の分は来週に使っていただいて結構ですから。』と言っていましたが、(当たり前だ!馬鹿者!!)と心の中で怒鳴りつけ、低い声で「・・そりゃ、どうも・・。」と言っただけで、スクールを去りました。

更衣室でも、激しい痛みがぶり返しうずくまって床に転がっていましたが、そのうち腹が立ってきて、壁に拳を打ちつけて「どん!どん!」と言う鈍いすさまじい音を立てていましたので、きっと受け付けの女の子は怖かったことでしょう。

帰宅途中の駅で嫁さんに電話して、テニスの練習中に事故に遭った旨を伝えました。

心配そうに待っていた嫁さんは、一通り私の話を聞くととりあえず安心した表情を見せましたが、時々痛そうにうずくまる私を不安げに眺めていたようでした。

「くそ!」とか「畜生!腹が立つ!!」とか思いだしたように叫ぶ私に、嫁さんは「そんな汚い言葉は使わないの。」と注意します。

その時、私は急に冷静な表情になって嫁さんに言いました。

江端:「・・・僕だって本当のところはちゃんと分かってはいるんだ。テニス部で初心者のコーチもしていたからね。こういうのは、つまるところ『不幸な事故』以外の何者でもなく、誰かに責任があるわけじゃない、と言うことくらいはね。」

嫁さんは、ほっとしたように微笑みました。

江端:「しかしだな・・・」
嫁さん:「えっ?」
江端:「問題は、この痛みと苦しみなんだ。これは理性で解決できるもんじゃないんだ」
嫁さん:「・・・。」

私は突然声を荒げて言いました。

江端:「『くっそぉ~!!あのクソ女(あま)ぁぁ~!!』と叫ばずにはいられない僕の気持ち、分かる?」
嫁さん:「勿論。分かるよ。」
江端:「・・・。」
嫁さん:「ね、智一君。」

と嫁さんはにっこりと笑いながら応えました。

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その後、私は嫁さんに具体的な痴漢の撃退法を教えていました。

「性欲だけで女性を襲うどうしようもない下衆野郎は、これからも後を絶たないと思う。体力的に女性は常に弱い立場にある。だが、これを埋め合わせて余りある方法が『金的への攻撃』だ。」

女性の方はよく分からないかも知れませんが、男性の金的は恐ろしいほどデリケートです。

拳を軽く握りしめる程度の力でその急所を掴むだけで、その男性は5分間は回復出来ず、全く活動出来なくなります。

『そんなことしたら、やりかえされるじゃない。』と思うかも知れません。

ですが安心して下さい。

絶対に反撃できません。

そのくらいの地獄の痛みなんです、『金的への攻撃』というのは。

あなたは稼ぐことの出来たその5分間で、ひたすら逃げます。

十分な時間といえましょう。

次に具体的な攻撃の仕方です。

よくテレビドラマで、女性が膝を使って男性の股間を打つ、と言うシーンがあります。これではダメです。この方法では金的ではなく男性器の方を打突する可能性が高くなります。

男性器などいくら打突されても、痛くも痒くもありませんし(いや、勿論それなりに痛いだろうけどさ)、ちょっとマゾヒスティックな人なら「気持ちいい~!」と言うような、訳のわからないリアクションをされる可能性もあります。

なにより、全ての男性にとって『金的への攻撃』は絶対に避けねばならないことですから、あなたの攻撃の意図が見破られたら、残念ながらあなたは終わりです。

一撃必中!二度目の攻撃は、絶対にないものと認識して下さい。

足でも膝でも拳でも構いません。

男性の股間の真下に入り込んでください。

金的は男性の股間の直下にあります(繰り返しますが前方ではありません)。真ん中にぶら下がっているものなのです。

男性の股間の真下から、天を貫くように真っ直ぐ垂直上方に、迎撃ミサイルを発射するように目標を叩くのです。

また、万一チャンスを逸して体を取り押さえられたら、とりあえずどちらかの手の自由を確保して、目標を捕まえて渾身の力で握り潰して下さい(しつこいようですが、『男性器』ではだめです。その向こうにある『金的』が目標です。)

これで絶対にあなたは勝てます。

繰り返しますが、攻撃のチャンスは、最初で最後のたった一度です。

心してかかって下さい。

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その後、3日間の間、時々襲ってくる鈍い痛みに、苦しみそしてびくびくしながら日々を送っていました。

もし新婚2年目を迎えたばかりの私達の夫婦生活に、重大な支障が生じるような事態にでもなったら---あの女性を草の根分けても捜しだし、この世に生まれてきたことを後悔させてやるような苦しみで絞め殺してやる---と、濃縮還元100パーセントジュースのごとく純粋な悪意の塊となって日々を過ごしていました。

さいわい4日目に、私は無事回復を果たし、私たち夫婦は平和な日々を過ごすことができるようになりました。

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テニスやスキーを通じて自己鍛錬に励み、優れた人格と孤高な精神を有し、高い理想に燃え、皆から慕われ信頼され、そして、当の本人がその優れた資質に気がついていないこともあり、「歩く人徳」と呼ばれる私でさえ、その優れた資質で乗り越えられなかった、この事件。

この事件は、「痛み」と「苦しみ」の狭間で、孤高な人徳を維持することがいかに困難なことであるかを、私に思い知らせた一件となったのでありました。

(本文章は、全文を掲載し、内容を一切変更せず、著者を明記する限りにおいて、自由に転載して頂いて構いません。本文章は商用目的に使用してはなりません。)

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(If you would like to enjoy your life,
send message "subscribe kobore" to majordomo@iijnet.or.jp .)

未分類

はい、このエラーの原因は明確です:


❗ 原因

あなたが有効化した仮想環境 llm_env(←最初に作成した環境)には、
transformers ライブラリなどが インストールされていない ためです。

これまでの作業は llm_env310 という仮想環境で行っていたので、
llm_env では再度必要なパッケージを入れないと同じように動作しません。


✅ 解決方法(おすすめ2つ)

✅ 方法1:llm_env310 を使い続ける(推奨)

一番簡単です:

C:\Users\tomoi>llm_env310\Scripts\activate

その上で:

python caption_blip.py

✅ 方法2:llm_env にもパッケージをインストールする(どうしても使いたい場合)

llm_env\Scripts\activate
pip install torch torchvision torchaudio --index-url https://download.pytorch.org/whl/cu121
pip install transformers accelerate timm Pillow

その後、再び:

python caption_blip.py

🧠 補足:仮想環境の使い分け

仮想環境名 Pythonバージョン 状況
llm_env おそらく 3.13 ⚠️ PyTorch未対応・transformers動作不安定
llm_env310 3.10 ✅ PyTorch・transformers・BLIPすべて正常動作済み

✅ 結論

llm_env310 を使い続けてください。
llm_env は今後使わなくても大丈夫です(削除してもOK)。


必要であれば、llm_env310 を簡単に起動できるショートカット .bat もご案内します。ご希望ですか?

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対象となっているPCは、MINISFORUM EliteMini HM90 ミニpc AMD Ryzen 9 4900H 8c/16t 小型PC 32GB 512GB です。何かクラッシュの原因となる理由はありませんか?

の件の続報です。

このマシンを繋いでいた、アナログディスプレイ(HDMI → VGA変換して使っていた)が、何も表示しなくなって壊れてしまったようです。

仕方がないので、HDMI対応のモバイルモニタで代替しえいるのですが、この後、HM90がダウンしなくなりました。

そういえば、これまでのシステムクラッシュの原因って、ほとんどディスプレイが真っ黒になる、という症状で発生していました。

HM90 が、最近ダウンしなくなった理由が、ディスプレイにあったかどうかは分かりませんが、現在のところは調子よく動いているようです。

システムがは、何が原因でダウンするか予測がつかない ーー これも、古いシステムがなかなかリプレースされていかない理由の一つだったりします。

2025,江端さんの忘備録

他人が書いたプログラムを読むことは、たいていの場合「不快」です。
Reading code written by someone else is, in most cases, simply unpleasant.

コードの向こうにある「他人の脳を切り開いて覗く」ような感覚があるからです。
It feels like prying open someone else's brain and peering inside through their code.

「なぜ、ここでこんな書き方を?」といった疑問や、「そんな命名ありか?」という苛立ちが、読む側の心を削っていきます。
Questions like “Why would they write it like this?” or frustrations like “Who names variables this way?” slowly wear down your soul.

それでも、他人の書いたプログラムを読まなければならない場面は確かにあります。
Still, there are times when you must read other people's code.

業務である以上、そんなことに好き嫌いを言っていられません。仕事ですから、読んで理解するしかないのです。
Since it's work, personal preferences don't matter. I just have to read it and understand it.

まあ、ここまでは普通の業務の話です。
Up to this point, it's all fairly standard workplace reality.

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厄介なのは、「これは別に読まなくていいよ」とアドバイスされた言われたコードです。
The real trouble begins with code I am explicitly told not to read.

読む必要がないと明言されているにもかかわらず、結局のところ、私はコードを読んでいます。
Even though I’ve been clearly told it’s unnecessary, I end up reading it anyway.

なぜなら、全体のシステムを把握するには、細部を知っておく必要があるからです。
Because in order to grasp the system as a whole, I need to understand the details.

中身が分からなければ、構造をイメージできません。
If I don’t know what’s inside, I can’t mentally picture the structure.

イメージができなければ、システム全体を設計・構築することは困難です。
And if I can’t visualize it, designing or building the entire system becomes extremely difficult.

まあ、できる人もいるのかもしれませんが、私は、コーディングの技術レベルが低いのです(謙遜ではなくて、弊社で働いていれば思い知らされます)。
Perhaps some people can pull it off, but to be honest, my coding skills are not that high (and no, this isn’t modesty, but working at my company will quickly make that reality clear).

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そして結局、「なるほど、確かにこれは読まなくてよかったな」と、"読んだ後"に"後悔する"ことになります。
And in the end, I regret reading it saying to myself, “Yep, I really didn’t need to read this after all.”

つまり、「読む必要がない」ことを理解するために「読む」という、実に奇妙なループに陥るのです。
In other words, I fall into the bizarre loop of reading code just to understand that I didn’t need to read it.

そして、今後も、私は、このような、生産性のない「奇妙なループ」を回し続けると思います。
And I suspect I’ll keep repeating this kind of unproductive loop again and again in the future.

そのことについて"だけ"は、自信があります。
That’s the one thing I can say with absolute confidence.

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ただ、こうした理不尽は、なにもプログラムの世界に限った話ではありません。
But this kind of absurdity isn’t limited to programming.

たとえば、「お前は、お金のことなんか心配せずに勉強だけしていればいい」といった保護者のアドバイスがあります。
For example, parents often say things like, “You just focus on studying; don’t worry about money.”

あるいは、「気にしないで自由にやりなさい」とか、「考えすぎだよ」といった言葉もよく聞きます。
Or, “Just do what you want,” or “You’re overthinking it.” Those are common, too.

言っている側は相手を思っているのでしょうが、それは相手の本当の気持ちを理解しているとは限りません。
The speaker likely means well, but that doesn’t mean they understand how the other person truly feels.

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『俺は分かってもらいたいんじゃない。俺は分かりたいのだ。分かりたい、知っていたい、知って安心したい、安らぎを得ていたい。分からないことはひどくこわいことだから(やはり俺の青春ラブコメは間違っている 第2期8話)』
“It’s not that I want to be understood. I want to understand. I want to know, I want to be informed, I want peace of mind, I want to feel at ease. Not knowing is terrifying.” (My Teen Romantic Comedy, as expected, Season 2, Episode 8)

このアニメのセリフのように、人は「分かること」で安心を得る生き物です。
Like this anime quote suggests, humans find peace in understanding.

「分からなくてもいい」では済まされない不安があるのです。たとえ読む必要がないと言われても、それを確かめるために読む。たとえ説明されていても、自分の目で確かめたい。
Being told “You don’t need to understand” just doesn’t cut it. We read to verify it ourselves. Even if it’s explained, we want to see it with our own eyes.

これは、ロジックの話ではなく感情の話です。
This isn’t about logic but about emotion.

プログラムであれ、人生であれ、「分からないこと」は、怖いのです。
Whether it’s code or life, not understanding something is just plain scary.

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私の人生を業(カルマ)的に語れば、
If I were to describe my life in terms of karma,

(1)「読まなくていい」と言われたコードを読んで後悔するか、
(1) I either read the code I was told not to, and regret it,

(2)「読まずにやって壊して怒られる」か
(2) or I don’t read it, break something, and get scolded.

だいたいこの二択です。
Those are, for the most part, the only two options.

そして今日も、私は前者で消耗しています。
And today, once again, I’m drained from choosing the first.

―― 斬新な"虐待"だなぁ

2025,江端さんの忘備録

チケットの転売が社会問題になっています。
Ticket reselling has become a social issue.

社内で開催される講演会の出席率の低さが(以下、自主規制)。
The low attendance rate at internal company lectures is... (self-censored).

社内講演会は業務時間中に開催されるため、出席しても問題はありません。
Internal lectures are held during working hours, so there's no problem in attending them.

ただし、この「業務時間内」というのがクセモノです。
However, the phrase “during working hours” is somewhat ambiguous.

はっきり言って、みんな「忙しい」。
Everyone is “busy.”

講演を聞きたくても、時間がないのです。
Even if they want to attend the lecture, they don’t have the time.

リモート中継で済む話では?と思いがちですが、
You might think a remote broadcast would solve the problem,

主催者側としては「リアルな出席人数」が大きな評価ポイントになるようです。
But for the organizers, the number of people physically present is often a key metric.

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その気持ち、私にはよく分かります。
I completely understand that sentiment.

出席者が少ないと、
When there are few attendees,

せっかく講演を依頼した大学の先生や著名な著者に対して「申し訳ない」という気持ちが湧いてくるでしょう。
You can’t help but feel “sorry” toward the professor or distinguished author you invited.

さらに、質疑応答が盛り上がらないと、
Moreover, if the Q&A session doesn’t take off,

「関心がなかったのでは?」という無言のメッセージになってしまうのでは、という心配もあるでしょう。
You worry it sends a silent message: “Maybe people weren’t interested.”

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私が主催者だった頃は、
When I was the organizer,

「この先生の◯◯の話が最高!」「この本は何度も読んだ、面白かった!」など、
I would write things like “This professor’s talk on XX is amazing!” or “I’ve read this book multiple times—it's great!”

ネタバレすれすれの宣伝文を、
—almost spoiler-level promotional messages—

メール(当時はチャットもSNSもなかった)で、言葉を変えながら繰り返し発信していました。
I would keep sending them emails (there was no chat or social media at the time), changing the wording each time.

要するに、「コンテンツの中身」を「自分の言葉」で伝える努力をしていました。
In short, I made the effort to convey the “content” in “my own words.”

(今にして思えば、かなりの時間をかけていました)。
(Looking back now, I realize I spent a lot of time on it.)

そんな過去をもつ主催者の一人としては、
As someone with that kind of experience as an organizer,

「業務命令による強制動員」は、ちょっと違うんじゃないかな?という気がしています。
I can’t help but feel that “mandatory attendance via work orders” is somehow... off.

ただ、講演を依頼した相手との関係などを考えると、
That said, considering the relationship with the invited speaker,

ある程度の「業務命令」もやむを得ないのかもしれません。
Some level of “work-enforced attendance” might be inevitable.

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私も、学会での発表で聴講者が少ないとガッカリすることはあります。
I also feel disappointed when there are few attendees at my conference presentations.

せっかくなら聞いてほしい。資料作成もがんばったので。
After all, I want people to hear it, and I worked hard on preparing the materials.

私の場合、なぜか聴講者が少なくても質問が多いです。
In my case, for some reason, even with a small audience, I get a lot of questions.

私自身も聴講したら必ず1つは質問するようにしています。
I always ask at least one question when I attend a lecture.

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逆のケースもあります。
But there’s also a case where the opposite is true.

たとえば、論文の最終審査(公聴会)では、出席者は少ない方がありがたい。
For example, in the final thesis defense (public hearing), fewer attendees are welcome.

なぜか?
Why?

論文最終審査とは、英語で「Final Defence」って言うんですが ----
Because in English, the final thesis presentation is called a “Final Defence”—

真の意味において「専守防衛」なんです(この話はまた別の機会に)
In the truest sense, it’s “strictly defensive warfare.” (More on that another time.)

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本日の結論としては、講演の出席率を上げたいなら「業務命令」より「ネタバレ」です。
In conclusion, if you want to boost attendance, “spoilers” work better than “work orders.”

あと、ケーキやビールも効果あります(たぶん)。
Additionally, cake and beer are also helpful. (Probably.)

『英語に愛されないエンジニアの、国際学会プレゼンテーションのリアル』

2025,江端さんの技術メモ

pybind11とは何ですか

pybind11 とは、C++で書かれたコードをPythonから簡単に呼び出せるようにするライブラリです。具体的には、C++関数・クラスをPythonにバインディング(橋渡し)するための軽量なヘッダオンリーライブラリです。


✅ 要点まとめ

項目 内容
名称 pybind11
用途 C++コードをPythonから使えるようにする(バインディング)
特徴 ヘッダオンリー、軽量、C++11以降対応
主な代替 Boost.Python、SWIG など
主な用途 Pythonから高速なC++シミュレータや計算ライブラリを使うときなど

🧠 なぜ使うのか?

Pythonは書きやすいが遅い、C++は速いけど扱いにくい。
そのため、重い処理はC++で書き、インターフェースだけPythonで操作したいことがよくあります。

text
たとえば:
Python部分 → 学習ロジック(強化学習など)
C++部分 → シミュレータの高速実行

この「橋渡し」に pybind11 が使われます。


🔧 使用イメージ

C++側(example.cpp)

#include <pybind11/pybind11.h>

int add(int i, int j) {
    return i + j;
}

PYBIND11_MODULE(example, m) {
    m.def("add", &add, "A function which adds two numbers");
}

Python側

import example
print(example.add(1, 2))  # → 3

このように、C++の関数をまるでPythonで書いた関数のように使えるようになります。



🔚 まとめ

観点 内容
概要 C++とPythonをつなぐためのヘッダオンリーライブラリ
主目的 C++で書いた高速なロジックをPythonから呼び出す
利点 軽量・高速・簡単・CMakeと相性良好
使用場面 シミュレーション、機械学習、画像処理、ゲームエンジン等のバックエンド連携

必要であれば、あなたの railway_simulator モジュールが pybind11 で作られているかどうかも確認する手順を案内できます。

使用イメージを実際に動かすにはどうすれば良いですか

以下に、pybind11 を使って C++ 関数を Python から呼び出せるようにする最小構成の実行手順をまとめます。
Linux / WSL / Mac / MSYS2 などの UNIX互換環境を前提にしています(Windows でも MSYS2 や WSL を使えば同じです)。


✅ ゴール

C++ の関数を Python から呼び出せるようにする:

cpp
int add(int a, int b) { return a + b; }

↓ Pythonから:

python
>>> import example
>>> example.add(1, 2)
3

🔧 準備

① Python と pybind11 のインストール

以下をターミナルで実行:

bash
pip install pybind11

(C++コンパイラが必要です:gcc, clang, cl など)


📁 ② ファイルを作成

example.cpp(C++側)

#include <pybind11/pybind11.h>
int add(int i, int j) {
    return i + j;
}
PYBIND11_MODULE(example, m) {
    m.def("add", &add, "A function which adds two numbers");
}

⚙️ ③ ビルド(共有ライブラリ作成)

以下のコマンドをそのままコピー&ペースト:

c++ -O3 -Wall -shared -std=c++11 -fPIC \
    `python3 -m pybind11 --includes` \
    example.cpp -o example`python3-config --extension-suffix`

このコマンドは:

  • pybind11 のヘッダを含めて

  • example.so(もしくは .pyd)というPython拡張モジュールを作成します


✅ ④ 実行(Pythonから呼び出し)

ターミナルで Python を起動し、次を試してください:

>>> import example
>>> example.add(10, 5)
15

成功すれば pybind11 のバインディング成功です!


📎 注意点

項目 内容
ビルドは1行で 改行してしまうと command not found になります。1行にしてください
Windows の場合 -fPIC は不要/MSYS2環境を推奨します
pybind11 の場所 python3 -m pybind11 --includes により自動取得できます
Python バージョン python3.11 など環境によって異なる場合があります。必要なら python3-config を変更してください

✅ もしうまくいかなかったら…

次の情報を貼ってもらえれば、個別にビルドコマンドを調整できます:

  • OS種別(Windows / Mac / Ubuntu / WSL など)

  • Pythonバージョン(python3 --version

  • コンパイラの種類(gcc --version など)


必要であれば、CMakeLists.txt を使った構成や、.pyx ファイルとの違い(Cython との比較)についてもご説明します。

c++ -O3 -Wall -shared -std=c++11 -fPIC \
    python3 -m pybind11 --includes \
    example.cpp -o examplepython3-config --extension-suffix
> > /home/ebata/.pyenv/versions/3.8.10/bin/python3: No module named pybind11
example.cpp:1:10: fatal error: pybind11/pybind11.h: No such file or directory
    1 | #include <pybind11/pybind11.h>
      |          ^~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
compilation terminated.

と言われました

ありがとうございます。エラーメッセージを解析すると、以下の2つの問題が発生しています:


❌ 問題1:pybind11 がインストールされていない

bash
/home/ebata/.pyenv/versions/3.8.10/bin/python3: No module named pybind11

これは pybind11Python環境に未インストールであることを示しています。


❌ 問題2:C++ヘッダファイル pybind11/pybind11.h が見つからない

bash
example.cpp:1:10: fatal error: pybind11/pybind11.h: No such file or directory

これは Python モジュールが見つからなかったため、--includes で得られるインクルードパスも空になり、結果として pybind11.h が見つからないという流れです。


✅ 解決手順

以下の手順に従って修正してください。


① pybind11 を正しい Python 環境にインストール

あなたは pyenv を使って Python 3.8.10 を使っているようなので、次のコマンドを使います:

bash
~/.pyenv/versions/3.8.10/bin/pip install pybind11

※または pyenv の環境をアクティベートしてから:

bash
pyenv activate 3.8.10
pip install pybind11

② 再度ビルドコマンドを実行

インストール後、以下の1行コマンドを再度実行してください:

c++ -O3 -Wall -shared -std=c++11 -fPIC \
    `python3 -m pybind11 --includes` \
    example.cpp -o example`python3-config --extension-suffix`

(必要なら python3~/.pyenv/versions/3.8.10/bin/python3 に書き換えてください)


✅ うまくいけば…

カレントディレクトリに example.cpython-38-x86_64-linux-gnu.so のようなファイルができます。

Pythonで次のように実行できれば成功です:

bash
python3
>>> import example
>>> example.add(2, 3)
5

📌 備考(トラブル防止)

内容 対処法
複数バージョンの Python がある 明示的に ~/.pyenv/versions/3.8.10/bin/python3 を使う
pip install したのに ModuleNotFoundError pippython が同じ環境を見ているか確認(例:which pip, which python3
pybind11 のヘッダが見つからない python3 -m pybind11 --includes の出力結果を確認して -I/path/to/pybind11/include を手動で追加

2025,江端さんの忘備録

私たちは、基本的に「やりたいこと」や「好きなこと」など持っておらず、日常の中で行われた行動の中で、比較的『気分がよかったこと』を、「やりたいこと」や「好きなこと」に置き換えているだけ──
We, in essence, don't have things we “want to do” or “like to do.” Instead, we tend to label actions that happened to feel relatively pleasant in our daily lives as our “wants” or “likes.”

という話は、何度もしてきました。
This is something I’ve talked about many times before.

もし、上記の私の説が"真"であったとすると、他人に対して「好きなことをしなさい」というのは、結構な『虐待』だと思うのですよ。
If my theory above is true, then telling someone to “do what you like” is a rather cruel form of emotional abuse.

「好きなことをしなさい」を、上記の私の定義に当てはめれば、
If we apply my definition to the phrase “do what you like,”

「“ない”をしなさい」→「何もするな」となる訳です。
It turns into “do what doesn’t exist” → essentially “do nothing.”

これは、 本当に酷い言い草です。
That’s an incredibly harsh thing to say.

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「好きなことをしなさい」とか"言うだけ"の保護者は、子どもに対してネグレクトをしていると思っています。
I think parents who say “do what you like” without offering any further guidance are essentially neglecting their children.

分かりますよ。自分のことだけで精一杯の毎日において、子どもであろうとも、他人のことを考えるのって、面倒です。しかも、子どもの将来がかかっているとなれば、責任も発生します。
I get it. In a life where you're barely keeping up with your own needs, it's a hassle to think about others—even if that “other” is your child. And if it involves their future, it also comes with a heavy sense of responsibility.

そういうことから逃げたいと思う保護者がいたとしても、それは仕方がない、とも思います。
So, if a parent wants to run from that kind of pressure, I can’t entirely blame them.

そのようなネグレクトではなくとも、「自分の意見が子どもの自主性を損うかもしれない」と、心配する人もいるかもしれません。
Even apart from neglect, there may be those who hesitate because they worry that offering their own opinion might damage their child’s autonomy.

で、まあ、実際のところ、多くの保護者は「とりあえず大学に行っておけ」という、『問題先送り』を行う訳です──まあ、これはこれで、戦略としては悪くはない。
So then, in practice, many parents end up saying, “Just go to college for now”—a classic case of kicking the can down the road. And honestly, as a strategy, it’s not necessarily a bad one.

問題を先送った先にいる子どもは、すでに法定における成人です。「成人であれば、自己決定ができなければならない」というセリフで、無事、子どもに対する責任を回避したまま逃げきれることになります。
By the time the issue reappears, the child is already a legal adult. Then you can say, “Adults should be able to make their own decisions,” and neatly dodge any lingering responsibility.

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で、まあ、こんな批判は、世の中に腐るほどあるので、私はユースケースで示してみたいと思います。登場するのは、今回もChatGPTです。
Criticism like this is everywhere, so instead, I’d like to present a use case. Once again, our subject is ChatGPT.

子どもの意見を、こういう形で、子どもの声をChatGPTに入力するくらいのことなら、できると思います。
At the very least, typing your child’s thoughts into ChatGPT—this much is something any parent can do.

これなら、あなたでも、子どもに寄り添った方向でアドバイスができるようになるかもしれません(まあ、考えたのは、あなたではなくてChatGPTですけど)。
With this, you may even be able to offer advice that’s in tune with your child’s needs. (Though let’s be honest—it's not your advice. It's ChatGPT’s.)

===== ChatGPTとの会話 ここから =====
===== Conversation with ChatGPT Begins =====

私は教科書にイラストの落書きを書くのが好きですが、漫画家になるほどのストーリーの組み立てができる訳でもありませんし、絵を業務とするクリエーターになろうという気合もありません。成績は卒業できるかどうかの低レベルです。親は「やりたいことをやりなさい」と言いますが、私には「やりたいことが分かりません」。こんな私の進路について、夢のような話ではなく、現実的に実現可能な範囲の進路について、アドバイスをして下さい
I like doodling illustrations in my textbooks, but I don’t have the ability to build up stories like a manga artist, nor do I have the ambition to become a professional illustrator. My academic performance is low, barely enough to graduate. My parents say, “Do what you want to do,” but I don’t know what I want. Please give me advice on a career path that is not a fantasy, but realistically achievable.

あなたのように「好きなことはあるけれど、明確な夢や職業目標は持っていない」という人は、実はとても多いです。そして、それは「ダメなこと」でも「劣っていること」でもありません。むしろ、自分を冷静に見ている証拠です。
There are many people like you—people who have things they enjoy, but don’t have a clear dream or career goal. And that’s neither a bad thing nor a weakness. It’s a sign that you’re looking at yourself with a cool head.

あなたの状況に対して、夢物語ではなく、地に足のついた進路の選び方を、以下の3つの方向性で提案します。
Based on your situation, here are three grounded directions for you to consider—realistic, not fantasy-based.

1. 「描くこと」を副業または趣味で続けながら働く道
1. Keep drawing as a hobby or side job while working

現実的な進路:
Practical career options:

  • 事務職、販売職、軽作業、介護補助など、安定して働ける職種に就く
    Work in stable jobs such as office work, retail, light labor, or caregiver assistance

  • そのうえで、趣味としてイラストを描き続ける(SNS投稿、同人誌、LINEスタンプなど)
    Continue drawing as a hobby—posting on social media, creating doujinshi, or making LINE stickers

理由:
Why this works:

  • 漫画家やプロイラストレーターにならなくても、描くことはやめなくていい
    You don’t need to become a manga artist or professional illustrator to keep drawing

  • 好きなことを「手放さずに生きる」ことも立派な選択
    Living without letting go of what you love is a valid life choice

  • 副業で小さく始めて、もし反応が良ければ将来拡大も可能
    If you get a good response, you can gradually expand into side gigs or more


2. 「美術的センス」を活かせる裏方の仕事を目指す
2. Aim for behind-the-scenes jobs that use your artistic sense

現実的な進路:
Practical career options:

  • 印刷会社、デザイン補助、看板屋、POP制作、ネットショップ運営補助
    Work at a print company, assist in design work, signage creation, point-of-purchase displays, or help manage online shops.

  • 専門学校で短期間のDTP(印刷物制作)やデザイン技術を学ぶのも選択肢
    Consider short-term vocational school training in DTP (desktop publishing) or design skills

理由:
Why this works:

  • 自分で創作しなくても「見る目」「構成力」は役に立つ
    Even if you don’t create, having an eye for design and composition is valuable.

  • ストーリーを作れなくても、素材をまとめる仕事はある
    You don’t need to write stories—there are jobs focused on assembling materials

  • デザイン補助なら高スキルは不要でも歓迎される現場が多い
    Many workplaces welcome design assistants without needing top-tier skills


3. とにかく働きながら、好きなことを試し続ける道
3. Keep working while trying out different interests

現実的な進路:
Practical career options:

  • まずは卒業を目標にして、バイト→正社員化が見込める職場で経験
    First, aim to graduate. Then work part-time at a job with potential to become full-time

  • 並行して、「自分が嫌いじゃないこと」を少しずつ試す
    Alongside, try out things you don’t dislike—bit by bit

    • 絵以外でも「興味がなくはない」ことを試す(動画編集、接客、パソコン作業など)
      Try things beyond drawing—like video editing, customer service, or computer work

理由:
Why this works:

  • やりたいことは「考えて分かるもの」ではなく「試して分かるもの」
    You don’t figure out what you want to do by thinking—you find it by trying

  • 最初の仕事が「一生の仕事」になる必要はない
    Your first job doesn’t need to be your lifelong career

  • 一つの仕事を1~2年やってみることで、自分の向き不向きがわかる
    Doing a job for 1–2 years will help you understand your strengths and weaknesses


最後に一言:
Final Thought:

「やりたいことが分からない」状態のまま、人生を進めても大丈夫です。
It’s okay to move forward in life even if you don’t know what you want to do.
むしろ、「分からないけど動き続けた人」の方が、あとから本当にやりたいことに出会います。
In fact, those who keep going despite not knowing often end up discovering what they truly want to do later on.

あなたが「落書きが好き」という感覚を見つけられているのは、とても貴重です。それは「無い」ではなく、「小さな種」をもう持っているということです。その種を、生活のどこかで大事に育てながら、まずは現実に食べていける進路を一緒に探していけばいいのです。応援しています。
The fact that you’ve found joy in doodling is precious. That’s not “nothing”—you already have a small seed. Take care of that seed somewhere in your life, and in the meantime, let’s find a career path that helps you earn a living. I’m rooting for you.

===== ChatGPTとの会話 ここまで =====
===== End of Conversation with ChatGPT =====

あなたに必要なのは「考えること」ではなく、「子どもの意見をまとめてChatGPTに入力する作業」なのです。
What you need isn’t to think—it’s to gather your child’s thoughts and input them into ChatGPT.

これも「ネグレクト」の一態様かもしれませんが、子どもに「好きなことをしなさい」と言うより、はるかに「マシ」です。
This might also be considered a form of neglect. But compared to telling your child to “do what you like,” it’s a far better option.

-----

ChatGPTの答えは、完璧でも万能でもありません。でも、子どもの「困っている気持ち」に対して、「一緒に困ること」ができます。そして、それで十分で、それが一番大切だと、私は思っています。
ChatGPT’s answers aren’t perfect or all-knowing. But it can help you share in your child’s confusion—and that, in itself, is enough. I believe that’s the most important thing of all.

―― 私たちには、やりたいことなどない

2025,江端さんの忘備録

昨日、マンホールで作業中の人が4人死亡するという、痛ましい事故が発生しました。
Yesterday, a tragic accident occurred in which four workers died while working inside a maintenance hole.

事故理由は現在調査中のようですが、マンホールに滞留していた硫化水素(150ppm)が原因として疑われているようです。
The cause of the accident is still under investigation, but it appears that hydrogen sulfide (150ppm) accumulated in the maintenance hole is suspected to be the cause.

硫化水素の濃度と人体への影響を調べてみたのですが、「150ppm嗅覚の麻痺(臭いが感じられなくなる)→10分程度で失神→1時間で死亡」と記載されていました。正直、今、背筋が凍っています。
I looked into the concentration of hydrogen sulfide and its effects on the human body.  "At 150 ppm, olfactory paralysis occurs (you can no longer smell it) → unconsciousness in about 10 minutes was what I found written. Honestly, I feel a chill down my spine.

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私、この手の有毒ガスによる事故については、これまで何度か悲しい目にも、危ない目にも遭遇しました。
I have personally encountered several sorrowful and dangerous incidents involving accidents caused by toxic gases like this.

こういう、危険な気体は、実は私たちの身の回りにたくさんあります。
Disasters caused by hazardous gases like these are a part of everyday life.

私たちでは対処しきれないこともあるとは思いますが、少なくとも以下のような私が引き起こした愚かな事故くらいであれば、「基本的な知識」と「日常的な常識」で回避できます。
There may be situations beyond our control, but at the very least, foolish accidents like the one I caused can be avoided with basic knowledge and everyday common sense.

江端さんのひとりごと 「危ない漂白剤」

どうか、お命安全で、お過ごしください。
Please, stay safe and protect your life.

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P.S.

ちなみに、上記のコラムに記載していた「次亜塩素酸ナトリウム」は物質であり気体ではありませんし、その他にも、各種の誤記や誤解が大量にあると思っていました。以前から、この記載の誤っている点を全部チェックしたいと思っていたので、今回ChatGPTに教えて貰いました。

=====

このエッセイには、科学的・化学的な誤解や不正確な記述が複数あります。以下に、科学的・化学的に誤っている記述を明示し、それぞれに対して何が誤っているか/正しい知識を併記します。


❌ 科学的・化学的に誤っている記載一覧


①「漂白剤を煮立てれば、すごく速くコップの漂白できるのでは」

  • 誤りの内容:漂白液(主成分:次亜塩素酸ナトリウム)を加熱すれば漂白が早くなるという前提。

  • 正確な知識
    加熱により漂白効果が一時的に高まる場合はありますが、次亜塩素酸ナトリウムは熱に不安定で、加熱により急速に分解し、逆に効果が失われます。

  • 副作用:同時に酸素や塩素ガスが少量ながら発生する危険性があり、漂白目的での加熱は推奨されません


②「2分もないうちに、あのプール独特の塩素の匂いが部屋中に立ちこめてきた」

  • 誤りの内容:「塩素の匂い」と表現しているが、プール臭の主因はCl₂ではない。

  • 正確な知識
    プールや漂白剤の匂いの主成分はクロラミン類(モノクロラミン NH₂Clなど)であり、塩素ガス(Cl₂)とは別物です。Cl₂が漂白液から単独で発生するには強酸との反応が必要です。

  • 補足:煮立てただけでは塩素ガスは大量には出ませんが、**塩素臭に似たもの(次亜塩素酸などの刺激臭)**が出ることはあります。


③「しまった!次亜塩素酸ナトリウム!!…煮沸なんかしたら、この部屋は実に理想的なガス室と化してしまいます」

  • 誤りの内容:煮沸によって、ナチスが使用したような致死的ガス(例:シアン化水素など)と同等の毒性が発生するという認識。

  • 正確な知識
    次亜塩素酸ナトリウムを煮沸しても、ナチスの用いた「チクロンB(シアン化水素 HCN)」とは全く別物です。
    加熱により酸素や少量の塩素、クロラミンなどが発生する可能性はあるが、密室でなければ即死レベルには達しにくい

  • 懸念:危険性を過小評価するのは危険だが、過剰に「ガス室」と同一視するのも科学的には誤り


④「水道水にも使われている有毒ガス」

  • 誤りの内容:次亜塩素酸ナトリウム=有毒ガスという表現。

  • 正確な知識
    水道水に使われているのはごく微量の次亜塩素酸ナトリウムであり、そのまま飲んでも人体にほとんど影響はない濃度に調整されています。

  • 補足:原液や高濃度溶液は危険だが、水道水レベルで「有毒ガス」と言うのはミスリーディングです。


⑤「コップごと煮る」=金属の腐食・反応のリスクに未言及

  • 誤りの内容:金属製コップで加熱した漂白液による二次反応の可能性に無自覚。

  • 正確な知識
    金属(特にアルミ・鉄・銅など)と次亜塩素酸ナトリウムが反応すると、クロラミンや酸素、酸化物などの副生成物が発生することがあり、発泡や腐食、刺激臭などの危険を伴う

  • 補足:ステンレスなら比較的安定だが、鉄製コップでの加熱はリスクが高い


✅ 科学的に正しいポイント(補足)

  • 頭痛・息苦しさなどの症状は、加熱によるガス(塩素やクロラミンなど)への曝露で説明可能です。

  • 室内の換気が不十分な状態で、化学物質を加熱する行為は実際に非常に危険です。


🔚 結論:このエッセイでの科学的な誤認一覧まとめ

誤認ポイント 内容 正しい知識・修正方向
① 加熱で漂白力UP 一時的に効果上がるが分解進行で逆効果も 加熱は避けるべき
② プール臭=塩素 クロラミン類が主原因 塩素ガスではない
③ 「ガス室」化する ナチス使用の毒ガスと混同 毒性はあるが別物
④ 水道水に有毒ガス 超微量で無害、濃度誤解 適切な濃度管理下では安全
⑤ 金属との反応未考慮 鉄と次亜塩素酸の反応に無自覚 腐食や有毒ガス発生のリスクあり

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以上